七夕祭り当日。
約束の時間はお昼過ぎだったけど、その前に花凛ちゃんの家に行った。
花凛ちゃんの家はオートロックのマンション。
家に行くのにビルみたいなエレベーターを使うなんて、不思議な感じ。
「いらっしゃーい! 結來ちゃん!」
「お邪魔します。今日は浴衣を貸してもらって、本当に……」
「そういうお母さんみたいな挨拶はいいから。入って入って。衣裳部屋に浴衣用意してあるの」
花凛ちゃんに案内してもらった部屋は、ハンガーラックがずらりと並んで、いろとりどりの浴衣が吊るされてあった。
「これ、全部花凛ちゃんの浴衣?」
「今まで使ってきた衣装だけどね。どれでも好きなの選んで」
花凛ちゃんのメンバーカラーは黄緑だから、やっぱり黄緑の浴衣が多い。
でもピンクに赤、水色、紫。柄もお花に金魚、かわいいのから大人っぽいものまで。
どれでもいいって言われても、たくさんあって迷っちゃうよ。
「私はこれにするんだ」
花凛ちゃんがラックから外したのは、黄緑色の浴衣だった。
「かわいいね。ホントに黄緑が好きなんだ」
「なんで私が黄緑好きか知ってる?」
「メンバーカラーだからじゃないの?」
チッチッチ、と花凛ちゃんが指を振った。
「咲慎がCD出したとき、咲弥くんのメンバーカラーが青、慎太郎くんが黄色だったの。だから、2人の色を合わせて黄緑!」
そういえば、花凛ちゃんに見せてもらったCDのジャケットでは咲弥くんが青い衣装を着てた。
花凛ちゃん、ホントに2人が好きなんだなぁ。
「結來ちゃん、決まらない感じ?」
「うん、みんな可愛いから選べないよ」
「じゃあねぇ……これは?」
花凛ちゃんが選んでくれたのは、紫の生地に赤い花の模様が入った浴衣だった。
「紫は大人っぽい花凛ちゃんに似合うと思う。花柄だからかわいいし、それに……」
ふふっと花凛ちゃんが笑った。
「咲弥くん、紫色が好きなんだよ」
「そうなの?」
「前に雑誌のインタビューで言ってた。大人っぽくて上品な色だからって」
「でも、それを私なんかが着て喜んでもらえるかな……」
「なに言ってんの! 喜んでくれるに決まってるじゃない。好きな女の子が好きな色の服着てくれる。これで喜ばない男の子はいないから!」
「そ、そうなの……?」
「そういうものなの。もう、結來ちゃんってば咲弥くんの彼女っていう自覚なさすぎー」
そ、そうだよね。私咲弥くんの彼女なんだから。
それにまた『私なんか』って言っちゃった。咲弥くんと約束したのに。
「あ、そろそろ着替え始めないと。結來ちゃん、着付けしてもらっていい?」
「もちろん」
浴衣を貸してもらう代わりに、着付けは私がやらせてもらうことにした。
花凛ちゃんの浴衣の衿を持って右側を下に、左側が上になるように合わせる。最後に鮮やかな緑の帯を締めた。
次は自分の浴衣も着付けて、完成。紫の帯を締めると、余計に上品に見えた。
「着付けできるなんてホントすごい! 私、何回教えてもらっても全然わかんないもん」
「ずっと柚に着付けてあげてたから。着物と比べれば、浴衣は簡単なんだ」
これで終わりかと思ったら、花凛ちゃんは
浴衣なら髪も大事だよね。でも柚はショートカットだから、髪を結ったことはない。
花凛ちゃんの簪は青と黄色の花飾りが揺れてる。これも咲慎のメンバーカラー、だよね。
「結來ちゃんもやってあげる」
「いいの?」
「もちろん。結來ちゃんいつも髪下ろしてるから、アップにして普段とは違う魅力を咲弥くんに見てもらわなきゃ」
「な、なんだか恥ずかしいね」
「結來ちゃんはもっと積極的にならなくちゃ。そんなんじゃ、咲弥くんを慎太郎くんに取られちゃうんだからね」
それは花凛ちゃんの願望……ま、いっか。
花凛ちゃんが紙風船の飾りがついたピンクの簪を付けてくれた。
「ありがとう、花凛ちゃん」
「お互いさまでしょ」
待ち合わせしてた神社の前に行くと、もう咲弥くんと隅谷くんが来てた。
水色の浴衣に黄色の帯を締めた隅谷くんが手を振る。
「こっちこっち! 2人ともかわいいじゃん」
「慎太郎くん! その浴衣!」
花凛ちゃんが慎太郎くんの浴衣に釘付けになった。
「ちょっと派手だった? 男の着物って地味なの多いけど、目立つ方がいいじゃん?」
「青と黄色なんて、慎太郎くんわかってる!」
浴衣をメンバーカラーで揃えてくるなんて、花凛ちゃんへのサービスだったのかな。でも、隅谷くんが「?」って顔してるから偶然だったみたい。
「結來も浴衣、すごいかわいい。似合ってる」
咲弥くんが微笑んでくれた。
「咲弥くん、紫が好きって花凛ちゃんに聞いて……」
「俺のために?」
コクンとうなずくと、咲弥くんが照れたように頭を掻いた。
「咲弥くんも浴衣、すごくカッコイイね」
咲弥くんの浴衣は、黒地に赤いラインが入ってすごくオシャレだった。
いつも大人っぽい咲弥くんだけど、今日は一段と大人に見える。
「ありがと。これ結構悩んだんだ。似合ってる?」
「うん! 侍戦士のときの袴姿も似合ってるけど、また雰囲気が違うね。この浴衣も番組で着たらいいのに」
「それはヤダ」
なぜか咲弥くんが唇を尖らせた。
「これは結來にカッコイイって言ってほしくて着たんだから。リュウノスケが着ちゃダメなんだって」
「ええ、そうなの? もったいないなぁ。みんなに見てもらいたいよ」
「結來が見てくれればいいんだよ」
ゴホンゴホン、と隅谷くんが咳払いをした。
「えー、2人の世界はその辺にしといてもらっていいですかね?」
「ふ、2人の世界!?」
「わかってるよ。今日は4人で遊ぶんだもんな。鶴屋さん、誘ってくれてありがとう」
「そんなそんな! 私は咲慎が……いやいや、みんなで遊べたらいいなーと思って」
歩き出すと、花凛ちゃんが私の隣にやって来た。
「さっきの見た? 慎太郎くん、咲弥くんが結來ちゃんとばっかり話してるから嫉妬しちゃって。かわいくない?」
よくわからないけど、花凛ちゃんすごく喜んでるみたい。
4人で一緒にヨーヨー釣りや金魚すくいをして、わたあめやりんご飴を食べて、お祭りを満喫した。お母さんが特別にお小遣いをくれたおかげだよ。
射的で咲弥くんと隅谷くんが勝負したときは、2人よりも花凛ちゃんが大興奮してた。
「咲慎対決だ!」
って、ずっと動画や写真撮ってた。すごく幸せそう。
「腹減って来たな。わたあめじゃ腹にたまらねえもん」
隅谷くんがお腹を押さえる。そういえば、ちゃんとお昼食べてなかったもんな。
「じゃあ、私何か食べるもの買ってくるよ。何がいい?」
「あー、待って待って。私と慎太郎くんで行くから、結來ちゃんは咲弥くんと座れるとこ探しといて」
花凛ちゃんが私にこっそり耳打ちする。
「結來ちゃん、咲弥くんと2人きりになりたいでしょ」
「そ、それは……でも、いいの?」
「いっぱい咲慎を見せてくれたお礼。じゃ、慎太郎くん。行こう」
「はいはい。ゆっくり行ってくっからな」
そう言って、慎太郎くんと花凛ちゃんは行ってしまった。
2人とも、ありがとう。
「じゃ、俺たちは場所取りしとこっか」
「うん。どこかいいところあると……っ」
突然、咲弥くんが私の手を握った。
「手、繋いどこ。人多くなってきたから、はぐれないように」
「う、うん……」
手を繋ぐの、アスレチックのとき以来だな。
咲弥くんに手を引かれて、私たちは屋台が並ぶ通りを抜けて行った。
見つけたのは、本殿の裏にある公園。っていっても、古いブランコと滑り台、それからベンチが置いてあるだけ。
穴場だったみたいで誰もいなかった。公園の四隅には、赤い提灯が飾られてる。夜になったら明かりが灯ってキレイなんだろうな。
「慎太郎たちにメッセージで場所連絡しといたから」
「ありがとう」
ベンチに並んで座ると、ふうっと息をついてしまう。
「疲れた?」
「大丈夫。みんなと来れてよかった。すっごく楽しい」
「俺も」
咲弥くんに、じっと見つめられる。
何か言われるのかなと思ったけど、それ以上言葉はない。なんだか恥ずかしくなって下を向いてしまう。
「なんで下向くの? 顔見せて」
「だって、咲弥くんずっと見てるから」
「結來がかわいいんだから、仕方ないじゃん」
咲弥くんと付き合うまで、「かわいい」なんてお母さん以外から言われたことなかった。
最近は咲弥くんに言われすぎて、キャパオーバーだよ。私なんか、別にかわいくないのに……
って、いけないいけない。『私なんか』はダメ。それに、せっかく咲弥くんが言ってくれたことを否定するのも失礼だよね。
「浴衣、咲弥くんが喜んでくれてよかった。紫、好きなんだもんね」
「俺、紫色が好きっていうか、紫が似合う子が好きなんだ。大人っぽくて上品で、素敵な女性。結來みたいな」
「わ、私……?」
「簪は逆にちょっと子供っぽくてかわいいな。そういうのも似合う」
咲弥くんが、簪に垂れさがった紙風船の飾りをちょんと揺らした。
なんだか、時間がすごくゆっくり流れてる気がする。今この瞬間が、ずっと続けばいいのにな。
ふと空を見上げると、少し陽が傾き始めていた。
「本当は夜までいたかったんだけどな。結來と花火見たかった」
「侍戦士の撮影でしょ? みんな楽しみにしてるんだから、頑張らなきゃね」
「そうだけど、俺は侍戦士の前に結來の彼氏なんだからさ」
あーあ、と咲弥くんが足を揺らした。
「結來は、俺と花火見られなくて残念じゃないの?」
「私も咲弥くんと花火見たかったよ。でも、お仕事頑張ってる咲弥くんも大好きだから、応援したいんだ」
咲弥くんが驚いたように苦笑いした。
「そう言われちゃったら、頑張らないとじゃん。結來のために侍戦士として戦ってくる」
「地球の平和のために、でしょ」
「リュウノスケはな。俺は結來のために戦ってんの」
「ふふっ、心強いなぁ」
咲弥くんが急にマジメな顔になった。
「俺、何があっても誰が相手でも、絶対結來を守るからな」
「ど、どうしたの急に」
「結來って、あんまり弱音とか愚痴とか吐かないじゃん。1人で抱え込んだりしそうだから、心配なんだよ。なんかあったら俺に言えよな」
「ありがとう。でも大丈夫だから」
と言ったけど、咲弥くんはあんまり納得してないみたいだった。
咲弥くんが味方でいてくれるってだけで、私はすごく助けてもらってるんだけどな。
「あ、そうだ。咲弥くん、撮影って外?」
「うん、今日はバトルシーンの撮影だから」
「もし花火が見える場所なら、見上げてみてよ。私も見上げるから」
「そっか! そしたら一緒に花火が見られるな。俺たちは、同じ空の下にいるんだから」
咲弥くんが小さい子みたいにニコニコ笑った。
「お待たせ~」
「焼きそばとたこ焼き、じゃがバタ買ってきたぞ~」
花凛ちゃんと隅谷くんが、食べ物を両手にいっぱい抱えて来てくれた。
1つずつ受け取ると、花凛ちゃんに耳打ちされる。
「もう少し時間潰して来た方が良かった?」
「う、ううん! 大丈夫。ありがとうね」
花凛ちゃん、時間を見計らって来てくれたんだろうな。本当にありがとうだよ。
みんなで食べた焼きそばとたこ焼きは、すっごくおいしかった。じゃがバタはあつあつでほっくほく。
屋台のご飯って、こんなにおいしかったっけ。
ご飯を食べて、今度は七夕飾りをゆっくり見てまわる。
カラフルなクラゲみたいな吹き流し、大きな笹の葉に揺れる短冊、キレイな星飾り。
いつもの神社が、今日はテーマパークみたいだった。
近所の幼稚園の子たちが折り紙で作った飾りもかわいい。
「あ、見て。咲弥くん」
見つけたのは、幼稚園の子が書いた短冊。
「『リュウノスケになれますように』か。侍戦士のことかな」
「絶対そうだよ。咲弥くんは子供たちの憧れのヒーローだもんね」
「でも今日は、俺は結來の彦星だけどな。織姫様」
お、織姫って私のこと!?
思わず目を逸らしちゃうと、咲弥くんに笑われる。
「あ、結來照れてるー」
「照れるよ~。咲弥くん、今日は恥ずかしいことばっかり言うから……」
「恥ずかしくないだろ。ロマンティックって言えよ~」
もう、咲弥くんってば。
いつの間に先に行っていた花凛ちゃんに「ねえねえ!」と呼ばれる。
「ここで短冊書けるんだって。みんなで書こうよ!」
「よし、俺は世界平和を願うぜ」
「慎太郎が世界平和? そういうのは俺に任せとけよ」
「はいはい、侍戦士さんは責任感が強いんだから」
咲弥くんにはい、とピンク色の短冊を渡される。何を書こうかな。
隅谷くんは結局『期末テスト赤点取りませんように』って書いてる。そういえば、来週期末だったな。今日1日遊んじゃったけど、寝る前に少し勉強しておこう。
花凛ちゃんは『また咲慎がCD出してくれますように』だって。書いた短冊を咲弥くんと隅谷くんにアピールしてる。2人とも人気だから、きっと叶うんじゃないかな。
咲弥くんは……
『結來とずっと一緒にいられますように』
さ、咲弥くん! ストレート過ぎるよ!
「結來はなんて書いた?」
咲弥くんに短冊を覗き込まれる。
「なんだ、まだ書いてねえの? 1つは絶対書いてほしい願い事あるんだけどなぁ」
「い、今書くから……」
でも『咲弥くんとずっと一緒にいられますように』ってそのまま書くのは恥ずかしいよ。この短冊、他の人にも見られちゃうし。
だけど、咲弥くんも書いてくれたんだから……そうだ!
「結來ちゃん、なんて書いたの?」
書き終わった短冊を花凛ちゃんにそっと見せる。
「『彦星様とずっと一緒にいられますように』……? 彦星って、咲弥くんのこと?」
「結來! マジで嬉しいんだけど!」
「咲弥くんってそのまま書くのは、ちょっと恥ずかしかったから」
「付き合いたてのカップルさんはお熱いことで。俺的には彦星様なんて書く方が恥ずかしいけどな」
やれやれ、と隅谷くんが肩を竦めた。
あ、あれ? 逆効果だったかな。
短冊を飾ると、そろそろ夕方。
名残惜しいけど、みんなで咲弥くんを見送る。
「じゃあな、咲弥。夜のエスコートは俺に任せとけ」
「それが心配なんだけど……頼むよ、鶴屋さん」
「任せといて! 結來ちゃんのことは私が守るから」
「ちょっ、花凛ちゃん俺の立場は~?」
目が合った咲弥くんが、空を指差す。うん、とうなずいて私も空を指差した。
夜になって、私たちはさっきの公園でかき氷を食べながら花火が上がるのを待った。
公園の中には、花火を見るためにたくさんの人が集まってる。
「場所取っといてよかったな」
「結來ちゃんたちがいい場所見つけてくれたおかげだね」
「キレイに見えるといいけど。どっちの方向から上がるのかな」
えーっと、と隅谷くんがキョロキョロと空を見上げる。
「たぶん、こっちの方だと――」
ヒュ~~~と、音が聞こえて来た。すぐにドーンと全身に響く音がして、夜空に丸い大きな花火が!
「うわわっ、今かよ!」
「キレイに見えたね、結來ちゃん!」
「うん、すごい大迫力!」
続けざまに何発も上がる花火に、神社の中が歓声に包まれた。
咲弥くんもこの花火、見上げてるかな。