「咲弥くんのお兄ちゃんは綾瀬
週明け、学校で花凛ちゃんに咲弥くんのお兄さんのことを聞くと、スマホで写真を見せてくれた。
一瞬、咲弥くんかと思っちゃうほど似てる。でも大人びた顔つきで、自信たっぷりな笑みは咲弥くんとは雰囲気が違う。
「映画もドラマもいっぱい出てるんだよ。咲弥くんが侍戦士決まったときも、『綾瀬桃弥の弟がヒーローに!』ってネットニュースになってたんだ」
ってことは、お兄さんの方が有名なのかな。
「お兄さんもかっこいいし、すごい人気なんだろうね」
「まあね。でも私はあんまりお兄さん好きじゃないけど」
「なんで?」
「すんごい遊び人なの」
遊び人……咲弥くんもウワサされてたことだ。
「仕事で何度か一緒になったことあるけど、女の子だと見ればみんなに声掛けてくるの。何回も週刊誌に撮られてるけど、その度に彼女違うし」
「本当に遊び人なんだ……」
「咲弥くんが遊び人だなんて言われてるのは、あのお兄さんのせいでもあるわけ。少しは弟のことも考えてあげればいいのに」
花凛ちゃんは腕組みをしてご立腹。
咲弥くんもお兄さんのことダメダメ言ってたけど、こういう面もあるからなのかな。
「ところで!」
花凛ちゃんが机に身を乗り出した。
「七夕祭り、一緒に行かない?」
そういえば、次の週末は7月7日。神社で七夕祭りがあるんだ。
「もちろん咲弥くんも誘ってさ。でも男の子1人だと気を使っちゃうかもしれないから、慎太郎くんも一緒に!」
「咲慎は一緒じゃないとね」
「結來ちゃんストレート過ぎ~!」
みんなで一緒に七夕かぁ。楽しそうだな。
でも……
「ごめんね。私、ちょっと……」
「あ、そうだよね。咲弥くんと2人きりで行きたいよね。ごめんごめん」
「ううん、そうじゃなくて。七夕祭りは、毎年妹と弟と一緒に行くことになってるの。うちのお母さんいつも仕事で、2人ともまだ小さいから私が連れてってあげないとなんだ」
だから、友達と一緒に七夕って行ったことない。
別に嫌なわけじゃなくて、きょうだいで一緒にお祭りに行くのは楽しい。
ずっとこのままでいいと思ってたけど……
「それじゃ仕方ないね。でも咲弥くんとお祭りデートできないの残念でしょ」
「私のことは気にしないで。花凛ちゃんが2人と行って来てよ」
「それじゃ意味ないの。お祭りの咲慎も見たいけど、結來ちゃんとも一緒に遊びに行きたかったんだから」
残念そうな花凛ちゃんに申し訳なくなる。せっかく一緒に行きたいって言ってくれてるのに。
でも柚と樹は私がいないと七夕に行けない。2人に我慢させて私だけ遊びに行くなんて、できないよ。
今日はお母さんの帰りが早かったから、一緒に夕ご飯を食べられた。
「おかあさん! きょうねー、ほいくえんでおねがいごとかいたよ」
樹がハンバーグを頬張りながら言った。
「もうすぐ七夕だものね。なんてお願いしたの?」
「リュウノスケになれますように!」
「樹はこの前リュウノスケくんに会ったから、ずっとリュウノスケになりたいって言ってるの」
「まあ、そうなの。柚は何をお願いするの?」
「私はねぇ……」
七夕のお願い事か。
ぼんやりハンバーグを箸で切っていると、お母さんに「結來」と呼ばれる。
「今週末、七夕祭りがあるでしょう」
「うん、今年もみんなで一緒に行ってくるからね」
「でも結來、お友達と行きたいんじゃないの?」
え? と、ハンバーグから顔を上げた。
「もう中学生なんだから、お祭りはお友達と一緒に行きたいでしょう?」
「けど、そしたら柚と樹が……」
「大丈夫。今年はお母さんお休み取れたの」
「お母さん、お休み!?」と柚と樹が声を上げる。
「そうよ。だから柚と樹は、今年はお母さんと一緒に行こうね」
「お母さん、本当にいいの?」
「もちろん。お母さんだって、たまにはお祭り行きたいもの」
「やったー! おかあさんとおまつり!」
「お母さん、私浴衣着たい。お姉ちゃんからもらったやつ」
柚と樹にとって、お母さんと行くお祭りは初めて。夕食の間中、大騒ぎだった。
食べ終わった後、台所で食器を洗おうと思ったらお母さんがやって来た。
「今日はお母さんがやるから」
「でもお母さん疲れてるでしょ」
「早く帰って来れたときくらい、お母さんらしいことさせてちょうだい」
お母さんが私に代わって、流し台に立つ。
「結來、いつも我慢させちゃってごめんね」
「私は平気だよ。家族なんだから、大変なときは助け合わなくちゃ」
お母さんが「ありがとう」と微笑んだ。
ちょいちょい、と服の裾が引っ張られる。柚だった。口元に手を当てて、また内緒話みたい。
「お姉ちゃん。七夕、咲弥くんとデートするんでしょ?」
「デッッ!?」
お母さんは聞こえてるのかいないのか、お皿を洗ってる。
私は流し台から離れて、柚に耳打ちした。
「柚、内緒って言ったでしょ。お母さんに聞こえちゃう」
「やっぱりデートなんだ」
私が黙っていると、柚はふふふっと笑ってリビングに戻って行った。
もう、ちゃんと内緒にしててよね。
花凛ちゃんに一緒に七夕に行けると言うと、「ホントに!?」と飛び上がるほど喜んでくれた。
「お祭りの日、お母さんお休みだったんだ。妹たちのことは大丈夫だって」
「やったね! 後は咲弥くんと慎太郎くんのスケジュールNGが出なければOKなんだけど」
「咲弥くんには私から話してみるよ」
咲弥くんと七夕の話は全然してないけど、一緒に行ってくれるといいな。
「当日は浴衣着てこうと思うんだけど、結來ちゃんはどうする?」
「私は浴衣持ってないんだ」
お父さんがいた頃に買ってもらった浴衣は、今は柚のお下がりになってる。
着てみたいけど、買ってとは言えない。
「じゃあ、私の着る?」
「でも、それじゃ花凛ちゃんが」
「私、浴衣いっぱい持ってるの。毎年夏のライブには浴衣で出る日があるから。それで良かったら貸せるよ」
さすがアイドルさん。浴衣を何着も持ってるなんて。
「貸してもらって、いいかな。お礼はできないけど」
「お礼なんていいのいいの。浴衣も着てもらった方が喜ぶよ。1回ライブで着ちゃったら、もう次の年は同じの着られないんだから」
浴衣を着るなんて何年振りだろ。しかも咲弥くんの前でなんて、嬉しいけどちょっと恥ずかしいな。
昼休み、咲弥くんを七夕に誘うと「もちろん!」と喜んでくれた。
「俺も誘いたかったんだけど、結來は家のことで忙しいかと思ったから」
「いつもは樹たちと一緒に行くんだけど、今年はお母さんが休みだったから友達と行っていいよって」
「友達かあ」
咲弥くんが私に顔を寄せる。
「彼氏とデートって言わなかったのか?」
「い、言ってないよ! 私なんかが彼氏って言ったら、お母さんビックリしちゃう」
「あ、『私なんか』って言ったな」
そういえば、『私なんて』禁止って言われてたっけ。『私なんか』でも、やっぱりダメか。
咲弥くんが私のほっぺをむにっと摘まんだ。
「約束破ったから、お仕置き」
「ひょ、ひょっとしゃくやくん、やめへよ~」
「あははっ、結來かわいー」
もー、咲弥くんってば。
「お取込み中、失礼しま~す」
驚いて咲弥くんから離れると、隅谷くんがいた。
「慎太郎かよ、脅かすな」
「教室だってのに人目もはばからずお熱いねえ。いくらみんな知ってるからってさ」
そ、そうだった。みんなにバレバレとはいえ、ここは教室。
昼休みでそんなに人がいなくてよかった。
「花凛ちゃんから七夕のこと聞いたけど、咲弥その日行けんの?」
「夕方までだけどな」
「じゃあ花火は見られないか」
そういえば、七夕の夜は花火が上がるんだ。
柚と樹を連れて行くのはいつも昼間だったから、見たことなかったけど。
「ごめん、結來。花火は一緒に見られない」
「気にしないで。一緒に行けるだけで嬉しいから」
咲弥くんがちょっと寂しそうな顔をした。
七夕でもなんでも、咲弥くんはお仕事。喜んでくれる子供たちのためでも、やっぱり残念だよね。
「あ、あのね。七夕の日、私と花凛ちゃんは浴衣着るんだけど、咲弥くんと隅谷くんは……」
「浴衣? うわあ、結來の浴衣めちゃくちゃ楽しみ!」
「じゃあ俺らもそうしようぜ。当日は全員浴衣で集合な」
咲弥くんに笑顔が戻った。
隅谷くんと一緒に浴衣なんて、花凛ちゃん喜ぶぞ。
私も咲弥くんの浴衣、すっごく楽しみ。きっとかっこいいんだろうな。