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episode8


「咲弥くんのお兄ちゃんは綾瀬桃弥とうやくんだよ」


 週明け、学校で花凛ちゃんに咲弥くんのお兄さんのことを聞くと、スマホで写真を見せてくれた。

 一瞬、咲弥くんかと思っちゃうほど似てる。でも大人びた顔つきで、自信たっぷりな笑みは咲弥くんとは雰囲気が違う。


「映画もドラマもいっぱい出てるんだよ。咲弥くんが侍戦士決まったときも、『綾瀬桃弥の弟がヒーローに!』ってネットニュースになってたんだ」


 ってことは、お兄さんの方が有名なのかな。


「お兄さんもかっこいいし、すごい人気なんだろうね」

「まあね。でも私はあんまりお兄さん好きじゃないけど」

「なんで?」

「すんごい遊び人なの」


 遊び人……咲弥くんもウワサされてたことだ。


「仕事で何度か一緒になったことあるけど、女の子だと見ればみんなに声掛けてくるの。何回も週刊誌に撮られてるけど、その度に彼女違うし」

「本当に遊び人なんだ……」

「咲弥くんが遊び人だなんて言われてるのは、あのお兄さんのせいでもあるわけ。少しは弟のことも考えてあげればいいのに」


 花凛ちゃんは腕組みをしてご立腹。

 咲弥くんもお兄さんのことダメダメ言ってたけど、こういう面もあるからなのかな。


「ところで!」


 花凛ちゃんが机に身を乗り出した。


「七夕祭り、一緒に行かない?」


 そういえば、次の週末は7月7日。神社で七夕祭りがあるんだ。


「もちろん咲弥くんも誘ってさ。でも男の子1人だと気を使っちゃうかもしれないから、慎太郎くんも一緒に!」

「咲慎は一緒じゃないとね」

「結來ちゃんストレート過ぎ~!」


 みんなで一緒に七夕かぁ。楽しそうだな。

 でも……


「ごめんね。私、ちょっと……」

「あ、そうだよね。咲弥くんと2人きりで行きたいよね。ごめんごめん」

「ううん、そうじゃなくて。七夕祭りは、毎年妹と弟と一緒に行くことになってるの。うちのお母さんいつも仕事で、2人ともまだ小さいから私が連れてってあげないとなんだ」


 だから、友達と一緒に七夕って行ったことない。

 別に嫌なわけじゃなくて、きょうだいで一緒にお祭りに行くのは楽しい。

 ずっとこのままでいいと思ってたけど……


「それじゃ仕方ないね。でも咲弥くんとお祭りデートできないの残念でしょ」

「私のことは気にしないで。花凛ちゃんが2人と行って来てよ」

「それじゃ意味ないの。お祭りの咲慎も見たいけど、結來ちゃんとも一緒に遊びに行きたかったんだから」


 残念そうな花凛ちゃんに申し訳なくなる。せっかく一緒に行きたいって言ってくれてるのに。

 でも柚と樹は私がいないと七夕に行けない。2人に我慢させて私だけ遊びに行くなんて、できないよ。



 今日はお母さんの帰りが早かったから、一緒に夕ご飯を食べられた。


「おかあさん! きょうねー、ほいくえんでおねがいごとかいたよ」


 樹がハンバーグを頬張りながら言った。


「もうすぐ七夕だものね。なんてお願いしたの?」

「リュウノスケになれますように!」

「樹はこの前リュウノスケくんに会ったから、ずっとリュウノスケになりたいって言ってるの」

「まあ、そうなの。柚は何をお願いするの?」

「私はねぇ……」


 七夕のお願い事か。

 ぼんやりハンバーグを箸で切っていると、お母さんに「結來」と呼ばれる。


「今週末、七夕祭りがあるでしょう」

「うん、今年もみんなで一緒に行ってくるからね」

「でも結來、お友達と行きたいんじゃないの?」


 え? と、ハンバーグから顔を上げた。


「もう中学生なんだから、お祭りはお友達と一緒に行きたいでしょう?」

「けど、そしたら柚と樹が……」

「大丈夫。今年はお母さんお休み取れたの」


「お母さん、お休み!?」と柚と樹が声を上げる。


「そうよ。だから柚と樹は、今年はお母さんと一緒に行こうね」

「お母さん、本当にいいの?」

「もちろん。お母さんだって、たまにはお祭り行きたいもの」

「やったー! おかあさんとおまつり!」

「お母さん、私浴衣着たい。お姉ちゃんからもらったやつ」


 柚と樹にとって、お母さんと行くお祭りは初めて。夕食の間中、大騒ぎだった。

 食べ終わった後、台所で食器を洗おうと思ったらお母さんがやって来た。


「今日はお母さんがやるから」

「でもお母さん疲れてるでしょ」

「早く帰って来れたときくらい、お母さんらしいことさせてちょうだい」


 お母さんが私に代わって、流し台に立つ。


「結來、いつも我慢させちゃってごめんね」

「私は平気だよ。家族なんだから、大変なときは助け合わなくちゃ」


 お母さんが「ありがとう」と微笑んだ。

 ちょいちょい、と服の裾が引っ張られる。柚だった。口元に手を当てて、また内緒話みたい。


「お姉ちゃん。七夕、咲弥くんとデートするんでしょ?」

「デッッ!?」


 お母さんは聞こえてるのかいないのか、お皿を洗ってる。

 私は流し台から離れて、柚に耳打ちした。


「柚、内緒って言ったでしょ。お母さんに聞こえちゃう」

「やっぱりデートなんだ」


 私が黙っていると、柚はふふふっと笑ってリビングに戻って行った。

 もう、ちゃんと内緒にしててよね。



 花凛ちゃんに一緒に七夕に行けると言うと、「ホントに!?」と飛び上がるほど喜んでくれた。


「お祭りの日、お母さんお休みだったんだ。妹たちのことは大丈夫だって」

「やったね! 後は咲弥くんと慎太郎くんのスケジュールNGが出なければOKなんだけど」

「咲弥くんには私から話してみるよ」


 咲弥くんと七夕の話は全然してないけど、一緒に行ってくれるといいな。


「当日は浴衣着てこうと思うんだけど、結來ちゃんはどうする?」

「私は浴衣持ってないんだ」


 お父さんがいた頃に買ってもらった浴衣は、今は柚のお下がりになってる。

 着てみたいけど、買ってとは言えない。


「じゃあ、私の着る?」

「でも、それじゃ花凛ちゃんが」

「私、浴衣いっぱい持ってるの。毎年夏のライブには浴衣で出る日があるから。それで良かったら貸せるよ」


 さすがアイドルさん。浴衣を何着も持ってるなんて。


「貸してもらって、いいかな。お礼はできないけど」

「お礼なんていいのいいの。浴衣も着てもらった方が喜ぶよ。1回ライブで着ちゃったら、もう次の年は同じの着られないんだから」


 浴衣を着るなんて何年振りだろ。しかも咲弥くんの前でなんて、嬉しいけどちょっと恥ずかしいな。



 昼休み、咲弥くんを七夕に誘うと「もちろん!」と喜んでくれた。


「俺も誘いたかったんだけど、結來は家のことで忙しいかと思ったから」

「いつもは樹たちと一緒に行くんだけど、今年はお母さんが休みだったから友達と行っていいよって」

「友達かあ」


 咲弥くんが私に顔を寄せる。


「彼氏とデートって言わなかったのか?」

「い、言ってないよ! 私なんかが彼氏って言ったら、お母さんビックリしちゃう」

「あ、『私なんか』って言ったな」


 そういえば、『私なんて』禁止って言われてたっけ。『私なんか』でも、やっぱりダメか。


 咲弥くんが私のほっぺをむにっと摘まんだ。


「約束破ったから、お仕置き」

「ひょ、ひょっとしゃくやくん、やめへよ~」

「あははっ、結來かわいー」


 もー、咲弥くんってば。


「お取込み中、失礼しま~す」


 驚いて咲弥くんから離れると、隅谷くんがいた。


「慎太郎かよ、脅かすな」

「教室だってのに人目もはばからずお熱いねえ。いくらみんな知ってるからってさ」


 そ、そうだった。みんなにバレバレとはいえ、ここは教室。

 昼休みでそんなに人がいなくてよかった。


「花凛ちゃんから七夕のこと聞いたけど、咲弥その日行けんの?」

「夕方までだけどな」

「じゃあ花火は見られないか」


 そういえば、七夕の夜は花火が上がるんだ。

 柚と樹を連れて行くのはいつも昼間だったから、見たことなかったけど。


「ごめん、結來。花火は一緒に見られない」

「気にしないで。一緒に行けるだけで嬉しいから」


 咲弥くんがちょっと寂しそうな顔をした。

 七夕でもなんでも、咲弥くんはお仕事。喜んでくれる子供たちのためでも、やっぱり残念だよね。


「あ、あのね。七夕の日、私と花凛ちゃんは浴衣着るんだけど、咲弥くんと隅谷くんは……」

「浴衣? うわあ、結來の浴衣めちゃくちゃ楽しみ!」

「じゃあ俺らもそうしようぜ。当日は全員浴衣で集合な」


 咲弥くんに笑顔が戻った。

 隅谷くんと一緒に浴衣なんて、花凛ちゃん喜ぶぞ。

 私も咲弥くんの浴衣、すっごく楽しみ。きっとかっこいいんだろうな。



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