映画の撮影が終わって、咲弥くんの大忙しモードも一段落。
学校にも普通にいられるようになって、隅谷くんがよく教室に遊びに来る。花凛ちゃんも喜んでた。
「結來、今週の土曜俺午後からオフなんだ。どっか遊び行かない?」
みんなが教室から出払った昼休み、咲弥くんが私の隣に座った。
土曜日……デートのお誘いってことだよね。嬉しいけど。
「ごめんなさい。土曜日はちょっと……」
「じゃあ、その次の日曜は? 夕方までなら平気なんだけど」
「その日もちょっと……」
「その次の週は?」
「…………」
「そ、っか。ごめんな、結來にも都合あるのに」
咲弥くんが、シュンとうなだれる。
こんなに断ってばっかりじゃ嫌われちゃうかも。せっかく私のために時間作ってくれようとしてるのに。
だけど、週末は……
「あ、あのね。週末は妹と弟の面倒見なきゃいけないの。うちのお母さん、忙しくて休みの日もいないから」
「そういえば、2人ともまだ小さいんだっけ」
「うん。だからあんまり留守番させるのも心配だし、出掛けるのも私がついて行ってあげなくちゃいけなくて……」
だから、咲弥くんの彼女になることに自信がなかった。
こんなんじゃ、まともにデートなんてできないもん。
「じゃあさ、俺が結來の家に遊びに行くってのはどう? 手伝いってほど偉そうなことはできないけど、弟たちの遊び相手くらいはできると思うんだ」
「そんな、咲弥くんせっかくお休みなのに悪いよ」
「大丈夫。俺子供好きだし、結來んち行ってみたかったから。2人の面倒見ておうちデートできるなんて、結來も一石二鳥だろ?」
お、おうちデート!?
咲弥くんは侍戦士やってるわけだし、小さい子の扱いは私より上手いかも。
お言葉に、あまえちゃおうかな。
「じゃあ、お願いしてもいいかな。2人とも侍戦士大好きだから、きっと喜ぶよ」
「決まりな。次の土曜日、俺も楽しみにしてる!」
次の土曜日か。それまでに頑張って家の掃除しておかなくちゃ!
約束の土曜日。
咲弥くんはお昼過ぎに来てくれることになってた。
「おねえちゃーん! どっかいきたーい!」
「樹、今日はお客さん来るからダメって行ったでしょ」
「えええええ」
家でできる遊びは午前中にやっちゃって、樹はもうどっか行きたいモード。
なんとか宥めて、私は柚と一緒に食器を洗う。
「お客さんって、お姉ちゃんのお友達?」
「そうだよ。もうじき来ると思うんだけど……」
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
「あ、来たみたい。柚、樹、一緒にご挨拶に来て」
「ええ、私はいいよぅ」
人見知りな柚と床に寝っ転がってた樹を引っ張って、玄関のドアを開けた。
そこには、もちろん……
「こんにちは。お招きありがとうございます」
咲弥くん……いや、リュウノスケの登場に柚と樹が固まる。
でもすぐに大騒ぎの大絶叫。
「リュウノスケだー! リュウノスケがいる! ほんもの? ほんもの!?」
「本物だよ、樹くん。柚ちゃんもこんにちは」
「……こんにちは。なんで名前知ってるの?」
「俺はお姉ちゃんの友達だからね」
咲弥くんは『リュウノスケ』として遊びに来てくれることになった。
サプライズに2人とも大喜び。特に樹なんて咲弥くんの周りをずっと駆け回ってる。
「リュウノスケ! へんしんして!」
「今日は悪いやつがいないからできないんだ。でもその代わり、樹に剣の稽古をつけてやるぞ」
咲弥くんがボストンバックから剣を取り出した。リュウノスケの剣だ。
番組の中では、これを持つと侍のコスチュームに変身する。
樹も急いでこの前お土産に買ってあげた剣を持ってきた。
「おっ、いいの持ってるな。俺とお揃いだ」
「おねえちゃんがかってくれたんだ!」
リビングで2人の侍戦士が剣を構える。十字に斬るように、咲弥くんが剣を振った。そして、頭上に剣を掲げる。
「侍戦士、リュウノスケ!」
「さむらいせんしっ、りゅうのすけ!」
咲弥くんに続いて、樹がマネして叫ぶ。
全身で喜んでるのが伝わってきて、私まで嬉しい。
柚はというと、私の横で2人を見つめてる。
「リュウノスケくん、かっこいい」
「かっこいいよね。強くて優しくて、テレビで見るより素敵」
「お姉ちゃん」
と、柚が口に手を当てて背伸びをした。内緒話?
「リュウノスケくんって、綾瀬咲弥くんって言うんでしょ? お姉ちゃんと同じ学校なの?」
さすがに8歳にもなれば、『役者さん』って存在はわかってる。樹に聞こえないよう、私もこっそり話した。
「同じクラスなの。柚たちが侍戦士大好きだって言ったら、遊びに来てくれたんだ」
「でも、1番嬉しそうなのはお姉ちゃんだね」
「え!? そ、そうかな。私も侍戦士好きだからね」
「侍戦士じゃなくて、咲弥くんのことが好きなんでしょ?」
ええっ!? な、なんで……
「大丈夫、私誰にも言わないから。内緒にするね」
シィーッと柚が人差し指を唇に当てた。
柚って結構マセてるんだなぁ。私が8歳の頃なんて、誰が誰を好きなんて全然わからなかったよ。
咲弥くんが2人と遊んでくれてるおかげで、私は部屋の掃除、溜まってた洗濯、夕食の買い物まで行けちゃった。
リュウノスケくんはうちの救世主、侍戦士様様だよ。
「さく……リュウノスケくん、夕ご飯食べて行ってね」
「マジで? ありがとな!」
キッチンにやってきた咲弥くんが、並べていた食材を眺める。
「肉にじゃがいも、ニンジン、たまねぎ……カレー?」
「うん、簡単なものでごめんね」
「全然! カレー大好き! 俺も手伝うな」
「えっ、いいの?」
「カレーなら俺も作ったことあるから」
カレー作りの間、樹には咲弥くんが持って来てくれた侍戦士のDVDを見ててもらう。
いつもはお手伝いに飛んでくる柚は、チラッとこっちを見て目配せしてきた。「がんばってね」って……気を使ってくれてる?
私が野菜を切ってる間に、咲弥くんにお肉を炒めてもらう。
「今日は本当にありがとう。樹も柚もすごく喜んでるよ」
「それならよかった。リュウノスケのこと、あんなに好きでいてくれて俺も嬉しい。俺、もっと頑張らないとな」
「咲弥くんはいつも頑張ってるよ」
「頑張ってるのは、結來もだろ」
「私? そんな、お仕事してる咲弥くんとは全然違うよ」
カチンとコンロの火を止めて、咲弥くんがこっちを向いた。
「違くねえよ。みんなの面倒見たり、料理作ったりするのだって立派な仕事だろ」
「でも、お姉ちゃんとして妹や弟の面倒見るのなんて当たり前だし」
「当り前じゃねえって。うちの兄貴なんて全然だから」
「咲弥くん、お兄さんいるんだっけ」
「いるよ。うちの高等部3年」
うちの学園ってことは、お兄さんも芸能人なんだ。
「兄貴は昔っから俺のことバカにして、顔合わせる度に煽ってくるんだぜ。今は事務所の寮に入ってるから、家にいなくてせいせいしてるよ。あーあ、俺も結來みたいな優しい姉ちゃんがほしかったな」
「私はお兄さんがほしかったけどな」
「ダメダメ。兄貴なんてどうしようもない……って言ったら、他んちの兄貴に失礼だな。うちの兄貴が特別ダメなだけ」
そんなにダメダメ言われるお兄さんって、どんな人なんだろう。
咲弥くんのお兄さんってことは、カッコイイことは間違いないんだろうけど。
「とにかく、結來はもっと自分のやってることに自信持てよ。料理も上手いし、勉強もできて優しい。きっと柚と樹も自慢に思ってるよ」
「そんな、私なんて……」
言いかけると、咲弥くんの人差し指が私の唇に触れた。
「『私なんて』とか言うの禁止。わかった?」
まるで小さい子に言い聞かせるように言われちゃった。
咲弥くんに唇を押さえられたままで、コクコクとうなずく。
「おねえちゃーん! おなかすいたー!」
樹の声に、咲弥くんがパッと指を離す。
「もうちょっと待ってな。すぐできるから」
「そ、そう。もうすぐだからね」
残ってた野菜を急いで切って、咲弥くんが炒めてくれたお肉と一緒に煮込む。
お鍋をかきまわす私の横で、咲弥くんが食器を洗っててくれる。でもなんだか恥ずかしくて、そっちを見られなかった。
2人で作ったカレーは柚と樹にも大好評。咲弥くんも「おいしい」って何度も言ってくれた。
食べ終わると、そろそろ咲弥くんが帰る時間。樹は「かえっちゃヤダー!」って大騒ぎだったけど、なんとか宥めて柚に任せる。
私は咲弥くんを見送りに玄関に出た。
「あんなに言われると、俺も帰りたくなくなっちゃうなー」
「あはは、もし良かったらいつでも遊びに来てね。今日はいろいろしてもらっちゃって、本当にありがとう」
「たいしたことしてないけど。でも俺、すっげえ楽しかった。してよかったな、おうちデート」
「うん、私もすっごく楽しかった」
玄関の外灯に照らされた咲弥くんが、嬉しそうに笑ってくれる。
「じゃあな、また学校で」
「気をつけて帰ってね」
手を振ろうとすると、咲弥くんが私の耳元に顔を寄せた。
「おやすみ、結來」
咲弥くんに囁かれた耳が、熱くなる。
おやすみ、って返事する余裕もないうちに、咲弥くんが手を振って帰って行った。
咲弥くんが見えなくなっても、胸のドキドキ、全然収まらないよ。