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episode7


 映画の撮影が終わって、咲弥くんの大忙しモードも一段落。

 学校にも普通にいられるようになって、隅谷くんがよく教室に遊びに来る。花凛ちゃんも喜んでた。


「結來、今週の土曜俺午後からオフなんだ。どっか遊び行かない?」


 みんなが教室から出払った昼休み、咲弥くんが私の隣に座った。

 土曜日……デートのお誘いってことだよね。嬉しいけど。


「ごめんなさい。土曜日はちょっと……」

「じゃあ、その次の日曜は? 夕方までなら平気なんだけど」

「その日もちょっと……」

「その次の週は?」

「…………」

「そ、っか。ごめんな、結來にも都合あるのに」


 咲弥くんが、シュンとうなだれる。

 こんなに断ってばっかりじゃ嫌われちゃうかも。せっかく私のために時間作ってくれようとしてるのに。

 だけど、週末は……


「あ、あのね。週末は妹と弟の面倒見なきゃいけないの。うちのお母さん、忙しくて休みの日もいないから」

「そういえば、2人ともまだ小さいんだっけ」

「うん。だからあんまり留守番させるのも心配だし、出掛けるのも私がついて行ってあげなくちゃいけなくて……」


 だから、咲弥くんの彼女になることに自信がなかった。

 こんなんじゃ、まともにデートなんてできないもん。


「じゃあさ、俺が結來の家に遊びに行くってのはどう? 手伝いってほど偉そうなことはできないけど、弟たちの遊び相手くらいはできると思うんだ」

「そんな、咲弥くんせっかくお休みなのに悪いよ」

「大丈夫。俺子供好きだし、結來んち行ってみたかったから。2人の面倒見ておうちデートできるなんて、結來も一石二鳥だろ?」


 お、おうちデート!?

 咲弥くんは侍戦士やってるわけだし、小さい子の扱いは私より上手いかも。

 お言葉に、あまえちゃおうかな。


「じゃあ、お願いしてもいいかな。2人とも侍戦士大好きだから、きっと喜ぶよ」

「決まりな。次の土曜日、俺も楽しみにしてる!」


 次の土曜日か。それまでに頑張って家の掃除しておかなくちゃ!



 約束の土曜日。

 咲弥くんはお昼過ぎに来てくれることになってた。


「おねえちゃーん! どっかいきたーい!」

「樹、今日はお客さん来るからダメって行ったでしょ」

「えええええ」


 家でできる遊びは午前中にやっちゃって、樹はもうどっか行きたいモード。

 なんとか宥めて、私は柚と一緒に食器を洗う。


「お客さんって、お姉ちゃんのお友達?」

「そうだよ。もうじき来ると思うんだけど……」


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。


「あ、来たみたい。柚、樹、一緒にご挨拶に来て」

「ええ、私はいいよぅ」


 人見知りな柚と床に寝っ転がってた樹を引っ張って、玄関のドアを開けた。

 そこには、もちろん……


「こんにちは。お招きありがとうございます」


 咲弥くん……いや、リュウノスケの登場に柚と樹が固まる。

 でもすぐに大騒ぎの大絶叫。


「リュウノスケだー! リュウノスケがいる! ほんもの? ほんもの!?」

「本物だよ、樹くん。柚ちゃんもこんにちは」

「……こんにちは。なんで名前知ってるの?」

「俺はお姉ちゃんの友達だからね」


 咲弥くんは『リュウノスケ』として遊びに来てくれることになった。

 サプライズに2人とも大喜び。特に樹なんて咲弥くんの周りをずっと駆け回ってる。


「リュウノスケ! へんしんして!」

「今日は悪いやつがいないからできないんだ。でもその代わり、樹に剣の稽古をつけてやるぞ」


 咲弥くんがボストンバックから剣を取り出した。リュウノスケの剣だ。

 番組の中では、これを持つと侍のコスチュームに変身する。

 樹も急いでこの前お土産に買ってあげた剣を持ってきた。


「おっ、いいの持ってるな。俺とお揃いだ」

「おねえちゃんがかってくれたんだ!」


 リビングで2人の侍戦士が剣を構える。十字に斬るように、咲弥くんが剣を振った。そして、頭上に剣を掲げる。


「侍戦士、リュウノスケ!」

「さむらいせんしっ、りゅうのすけ!」


 咲弥くんに続いて、樹がマネして叫ぶ。

 全身で喜んでるのが伝わってきて、私まで嬉しい。


 柚はというと、私の横で2人を見つめてる。


「リュウノスケくん、かっこいい」

「かっこいいよね。強くて優しくて、テレビで見るより素敵」

「お姉ちゃん」


 と、柚が口に手を当てて背伸びをした。内緒話?


「リュウノスケくんって、綾瀬咲弥くんって言うんでしょ? お姉ちゃんと同じ学校なの?」


 さすがに8歳にもなれば、『役者さん』って存在はわかってる。樹に聞こえないよう、私もこっそり話した。


「同じクラスなの。柚たちが侍戦士大好きだって言ったら、遊びに来てくれたんだ」

「でも、1番嬉しそうなのはお姉ちゃんだね」

「え!? そ、そうかな。私も侍戦士好きだからね」

「侍戦士じゃなくて、咲弥くんのことが好きなんでしょ?」


 ええっ!? な、なんで……


「大丈夫、私誰にも言わないから。内緒にするね」


 シィーッと柚が人差し指を唇に当てた。

 柚って結構マセてるんだなぁ。私が8歳の頃なんて、誰が誰を好きなんて全然わからなかったよ。


 咲弥くんが2人と遊んでくれてるおかげで、私は部屋の掃除、溜まってた洗濯、夕食の買い物まで行けちゃった。

 リュウノスケくんはうちの救世主、侍戦士様様だよ。


「さく……リュウノスケくん、夕ご飯食べて行ってね」

「マジで? ありがとな!」


 キッチンにやってきた咲弥くんが、並べていた食材を眺める。


「肉にじゃがいも、ニンジン、たまねぎ……カレー?」

「うん、簡単なものでごめんね」

「全然! カレー大好き! 俺も手伝うな」

「えっ、いいの?」

「カレーなら俺も作ったことあるから」


 カレー作りの間、樹には咲弥くんが持って来てくれた侍戦士のDVDを見ててもらう。

 いつもはお手伝いに飛んでくる柚は、チラッとこっちを見て目配せしてきた。「がんばってね」って……気を使ってくれてる?


 私が野菜を切ってる間に、咲弥くんにお肉を炒めてもらう。


「今日は本当にありがとう。樹も柚もすごく喜んでるよ」

「それならよかった。リュウノスケのこと、あんなに好きでいてくれて俺も嬉しい。俺、もっと頑張らないとな」

「咲弥くんはいつも頑張ってるよ」

「頑張ってるのは、結來もだろ」

「私? そんな、お仕事してる咲弥くんとは全然違うよ」


 カチンとコンロの火を止めて、咲弥くんがこっちを向いた。


「違くねえよ。みんなの面倒見たり、料理作ったりするのだって立派な仕事だろ」

「でも、お姉ちゃんとして妹や弟の面倒見るのなんて当たり前だし」

「当り前じゃねえって。うちの兄貴なんて全然だから」

「咲弥くん、お兄さんいるんだっけ」

「いるよ。うちの高等部3年」


 うちの学園ってことは、お兄さんも芸能人なんだ。


「兄貴は昔っから俺のことバカにして、顔合わせる度に煽ってくるんだぜ。今は事務所の寮に入ってるから、家にいなくてせいせいしてるよ。あーあ、俺も結來みたいな優しい姉ちゃんがほしかったな」

「私はお兄さんがほしかったけどな」

「ダメダメ。兄貴なんてどうしようもない……って言ったら、他んちの兄貴に失礼だな。うちの兄貴が特別ダメなだけ」


 そんなにダメダメ言われるお兄さんって、どんな人なんだろう。

 咲弥くんのお兄さんってことは、カッコイイことは間違いないんだろうけど。


「とにかく、結來はもっと自分のやってることに自信持てよ。料理も上手いし、勉強もできて優しい。きっと柚と樹も自慢に思ってるよ」

「そんな、私なんて……」


 言いかけると、咲弥くんの人差し指が私の唇に触れた。


「『私なんて』とか言うの禁止。わかった?」


 まるで小さい子に言い聞かせるように言われちゃった。

 咲弥くんに唇を押さえられたままで、コクコクとうなずく。


「おねえちゃーん! おなかすいたー!」


 樹の声に、咲弥くんがパッと指を離す。


「もうちょっと待ってな。すぐできるから」

「そ、そう。もうすぐだからね」


 残ってた野菜を急いで切って、咲弥くんが炒めてくれたお肉と一緒に煮込む。

 お鍋をかきまわす私の横で、咲弥くんが食器を洗っててくれる。でもなんだか恥ずかしくて、そっちを見られなかった。


 2人で作ったカレーは柚と樹にも大好評。咲弥くんも「おいしい」って何度も言ってくれた。

 食べ終わると、そろそろ咲弥くんが帰る時間。樹は「かえっちゃヤダー!」って大騒ぎだったけど、なんとか宥めて柚に任せる。

 私は咲弥くんを見送りに玄関に出た。


「あんなに言われると、俺も帰りたくなくなっちゃうなー」

「あはは、もし良かったらいつでも遊びに来てね。今日はいろいろしてもらっちゃって、本当にありがとう」

「たいしたことしてないけど。でも俺、すっげえ楽しかった。してよかったな、おうちデート」

「うん、私もすっごく楽しかった」


 玄関の外灯に照らされた咲弥くんが、嬉しそうに笑ってくれる。


「じゃあな、また学校で」

「気をつけて帰ってね」


 手を振ろうとすると、咲弥くんが私の耳元に顔を寄せた。


「おやすみ、結來」


 咲弥くんに囁かれた耳が、熱くなる。

 おやすみ、って返事する余裕もないうちに、咲弥くんが手を振って帰って行った。


 咲弥くんが見えなくなっても、胸のドキドキ、全然収まらないよ。




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