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episode6



「おはよー! 結來!」


 校外学習からしばらく経ったある日。

 教室に入るなり咲弥くんが飛んできた。


「おはよう、咲弥くん。今日は朝から来てるんだね」

「久しぶりにな。でも1時間目だけで抜ける」

「1時間だけのために来たの? 大変だね」

「だって結來に会いたかったから」


 咲弥くんのストレートな言葉に、顔が熱くなる。

 まだ咲弥くんのまっすぐな目に見つめられることに慣れないよ。


 学校の中で起きたことは外に漏らさない、ってルールがあるから、私たちのことはスキャンダルになってない。

 だけど、学校内ではすっかり私たちのことが広まってた。


 そうなるとやっぱり、私みたいなのが咲弥くんと付き合ってること、良く思わない子だっているわけで……


「結來?」

「ふぇっ!? な、なに?」

「黙り込んじゃってどうした? なんか悩み事?」

「ううん、なんでもないの! そ、そうだ。この前買ったリュウノスケの剣、弟がすごく喜んでるの。リュウノスケに選んでもらったんだよって言っても『ウソだー』って信じてくれないけど」

「あははっ、ホントなのになー」


 こんな話をしてる最中も、どこからか視線を感じる。学校で咲弥くんと話をしてるときはいつもだ。

 誰かが私たちを見てる気がする。


 予鈴が鳴ったから、咲弥くんと別れて自分の席に着く。

 ええと、1時間目はなんだったかな。


 机を探ると、何かの紙に手が当たった。

 取り出すと、折り畳まれたメモ用紙。小学生の頃、女の子同士でよく授業中にまわしていた手紙に似てる。


 誰だろう? 私宛で間違ってないのかな?

 開けてみると――


『咲弥くんを返してください!』


「か……ッ!?」


 思わず叫びそうになって、慌てて口を塞ぐ。

 何人かが私の方を振り向いたけど、ゴホゴホと咳をして誤魔化した。


 返してって……もしかして、咲弥くんの元カノさん!?



 あの手紙が気になって、授業に集中できない。

 それに、やっぱりずっと誰かの視線を感じる。


 咲弥くん、元カノいっぱいいるって隅谷くんが言ってたもんな。

 咲弥くんはかっこいいし優しいし、元カノさんが好きなままでいてもおかしくないよ。

 どんな子なんだろう。きっと可愛くてキレイで……


「藤崎さん!」


 放課後、ぼんやり廊下を歩いてたら誰かに呼び止められた。

 振り返ると、そこには同じクラスの鶴屋花凛かりんちゃんがいた。

 鶴屋さんはフラワー×フラワーという、柚が大好きなアイドルグループの子だ。ツインテールがとってもかわいい。黄緑色がメンバーカラーで、髪のリボンも黄緑だ。


「なかなかわかってくれないみたいだから、直接言いに来たの。手紙、読んだでしょ?」

「手紙!? あれ、鶴屋さんだったの?」


 鶴屋さんが「そう!」と腰に手を当てた。

 ってことは、鶴屋さんが咲弥くんの元カノさん?

 こんなにかわいいアイドルの子が咲弥くんの隣にいたら、きっとお似合いだろうな……。

 で、でも、今は私が咲弥くんの彼女なんだから。いくら鶴屋さんが元カノでも、返すなんて――


「咲弥くんのこと、慎太郎くんに返して!」

「……え?」


 慎太郎くんって、隅谷くんのことだよね?

 どうして今、隅谷くんの名前が?


「咲弥くんと慎太郎くんは、幼稚園の頃からの幼馴染なの! いつも一緒にいる大親友だったんだから!」

「う、うん。仲が良いって聞いてるけど……」

「それなのに、最近咲弥くんは藤崎さんといてばっかり。あなたが2人の仲を邪魔してるの!」


 ビシッと鶴屋さんに指先を向けられた。

 ええっと、つまり……


「鶴屋さん、咲弥くんの元カノさんじゃないの?」

「そんなわけないじゃない。私は咲慎さくしんのファンなんだから」

「サクシン?」

「……藤崎さん、咲弥くんのことなんにも知らないのね」


 う……悔しいけど、私は咲弥くんのことを侍戦士リュウノスケだってことくらいしか知らない。

 付き合ってるなんて言っても、なんにも知らないんだ。


「いいわ、教えてあげる。咲弥くんと慎太郎くんは、昔から共演が多くて人気があるの。小学生のときに『咲弥と慎太郎』って名前でCDも出してるんだから。それで2人のことは咲慎って呼ばれてるの」

「そうなんだ、2人とも人気者なんだね」

「大大大人気なの! 藤崎さん、あなたがいくら咲弥くんの彼女でも、慎太郎くんとの仲を引き裂くことなんてできない。あの2人は唯一無二の大親友なんだから!」


 返してって、そういうことだったんだ。

 咲弥くんも隅谷くんもカッコいいから、熱狂的なファンの子がいるんだな。


「私も2人にはずっと仲良くしててほしいよ。幼馴染の親友なんて素敵だよね。私はそういう友達っていないから羨ましいんだ」


 鶴屋さんがパチパチと何度も瞬きをした。


「藤崎さん、咲弥くんを独り占めしようとしてるわけじゃないの?」

「まさか! 咲弥くんとは一緒にいたいけど、でも友達も大切にしてほしいから」


 キョトンとしてた鶴屋さんが、口元に指を当てる。


「藤崎さん……あなた、話のわかる人ね」

「え?」

「今までの咲弥くんの彼女って、超束縛する子ばっかりだったの。『私がいるのに他の子と話さないで!』『いつも私と一緒にいてくれなきゃイヤ!』『慎太郎くんと私どっちが大事なの!』って。だからその度に咲慎の仲が引き裂かれて……でも、あなたは違うみたい」


 鶴屋さんが突然、深々と頭を下げた。


「つ、鶴屋さん!? 顔上げて!」

「勘違いであんな手紙送ってごめんなさい。藤崎さんも咲弥くんと慎太郎くんの仲を応援してくれる仲間だったのね!」


 顔を上げた鶴屋さんの瞳がキラキラと輝いてた。そして、私の手を両手で包み込む。


「藤崎さん……ううん、結來ちゃん! 私と友達になって! 私、咲慎のことをわかってくれる友達がずっと欲しかったの!」

「友達? 私でいいの?」

「もちろん!」


 トモダチ、ともだち……友達、かぁ。

 ずっと肩に入っていたチカラが、スッと抜けていく。


「うん、よろしくね。か、花凛ちゃん」

「よろしくね!」


 花凛ちゃんが笑うと、ツインテールがふわりと揺れた。



 次の日、咲弥くんは5時間目から学校に来た。

 放課後になったら、またすぐ仕事に戻るんだって。

 侍戦士は夏に映画がある。だから今はテレビと映画の撮影で大忙し。

 なかなか一緒にいられないから、帰りに咲弥くんと一緒に駅まで行くことにした。


「ごめん、結來はこっちだと遠回りだろ?」

「ううん、いいの。だって咲弥くん、今日も学校に来てくれたのって……」

「結來に会いたかったから」


 咲弥くんが当然のように言った。


「そういえば、さっき鶴屋さんと喋ってたじゃん? 友達だったんだ」

「友達になったの。花凛ちゃん、咲弥くんと隅谷くんのファンなんだって」

「あ、咲慎の?」

「そう! 2人とも大人気なんだね」

「俺と慎太郎は昔からセットで応援してくれる人多いんだよ」


 咲弥くんがポケットからスマホを取り出して、画面を見せてくれる。

 そこには咲弥くんと隅谷くんが、仲良く肩を組んだり壁ドンしたり……なんかイチャイチャしてる写真が。


「こういうのSNSに上げると喜ばれるから、よく慎太郎と撮ってんだよね」

「へえ、2人ともイケメンだもんね。バズる、っていうんだっけ。すごいことになりそう」

「まだ出してない秘蔵のがあるんだけど、送ってあげるよ。鶴屋さんに見せたら盛り上がるんじゃない?」

「あ、私スマホ持ってないから……」

「おっと、そうだった。じゃ、やっぱSNSに上げとくか」


 みんなスマホを持ってるみたいだったけど、私は高校生になってバイトしてからって決めてる。

 お金掛かるし、どうせ使わないから……

 って思ってたけど、今は咲弥くんと連絡できないのがちょっと残念。


「秘蔵って、どんなの?」

「これこれ」


 咲弥くんがなぜかいたずらっぽく画面を向けた。

 そこには、慎太郎くんを後ろからハグしてる咲弥くんの写真が。


「うわあ、恋人同士みたいだね。花凛ちゃんが見たら絶対喜ぶよ」

「……それだけ?」

「え? ええと、この写真は慎太郎くんメガネ外してるんだね」

「じゃなくて!」


 むすっとして、咲弥くんが足を止めた。


「嫉妬とかしないの? 慎太郎とこんな恋人みたいな写真撮ってんのにさ」

「だって、男の子同士だから」

「男同士だってそういうことになるかもしれないじゃん」

「え!? 咲弥くん、隅谷くんが好きなの!?」

「そうじゃなくてー……」


 突然、咲弥くんの腕が私の肩にまわって、抱き寄せられた。


「ヤキモチ焼いてほしかったんだけど?」


 拗ねたような声が私の耳元で囁かれる。

 い、息が掛かってくすぐったい……。


「どうして慎太郎くんとばっかりあんなことしてるの? 慎太郎くんと私どっちが好きなの? とか言わないんだ?」

「だ、だって、咲弥くんは……私のことが、好き、なんでしょ……?」


 ああ、自分で言っちゃったよ!

 でも、私を彼女に選んでくれたのは咲弥くんだもん。


 目を丸くした咲弥くんが、苦笑いして私から離れた。


「ごめん。試すようなこと言ったりして、俺バカだな。反省した」

「咲弥くんはなにも悪くないよ。その、私ヤキモチとか、よくわからなくて……かわいくない彼女でごめんね」

「結來はめちゃくちゃかわいいよ」


 咲弥くんの両手が、私の顔を包んだ。


「さ、咲弥くん!?」

「結來、顔真っ赤」


 顔が熱くなってると思ったけど、バレバレだったんだ。

 周りに誰もいなくてよかった……。


 ガタンガタン、と電車の音が近づいてくるのが聞こえる。


「やばっ、電車くる! 結來、ここでいいよ」

「咲弥くん、撮影がんばってね」

「おう! もうじき映画の撮影終わるから、そしたらデートしような!」


 走り出した咲弥くんが、大きく手を振りながら叫んだ。

 誰もいないからいいけど、恥ずかしいよ……。


 赤い顔が元に戻るまで、もう少し遠回りして帰ろう。




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