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episode5



「さむらいせんし! リュウノスケ!!」


 朝からいつきが、録画した侍戦士リュウノスケを見ながら戦いごっこをしてる。


「樹、早くご飯食べちゃって。今日、私早く出なきゃなんだから」

「お姉ちゃん、パン焼いておいたからね」

「ありがとう、ゆず


 お母さんはもう仕事に出掛けてるから、弟の樹と妹の柚の面倒を見るのは私の役目。

 柚はもう小学2年生だからいろいろ手伝ってくれるけど、樹は保育園の年長さんだからまだまだ言うことを聞いてくれない。

 なんとか椅子に座らせて、朝ご飯。テレビでは侍戦士が流れ続けてる。

 袴姿で大勢の悪者たちをバッサバッサと斬り捨てていくリュウノスケは、もちろん咲弥くんだ。

 学校で見る優しそうな咲弥くんとはまた違う、凛々しくて男らしい姿。かっこいいなぁ。

 本当に私、この子と付き合ってるんだよね? まだ現実に思えないな。


「ねえ、今日はどこに行くの?」

「アスレチックワールド。去年、柚たちとも行ったよね」

「いいなー。ぼくもいきたーい」


 樹がイスの上でぴょんぴょん飛び跳ねる。

 リュウノスケと一緒に行くなんて言ったら、きっとすごく驚くだろうな。


 今日は校外学習……っていう名前の、遠足みたいなモノ。

 行き先は学校からバスで1時間ほど行った『アスレチックワールド』。

 芸能人ばかりの月城学園は、こういう行事は自由参加。

 私もどうせぼっちだし、休んじゃおうかな……って思ってたんだけど


「結來、明日は一緒にまわろうな」


 昨日の放課後、帰ろうとしたところを咲弥くんに呼び止められた。


「咲弥くん、仕事じゃないの?」

「夕方にこっち戻ってくれば間に合うから。結來との初デート、楽しみにしてる」

「デッッ!?」


 教室の真ん中で大声を出しかけた私に、咲弥くんが首を傾げる。


「デートじゃないの? まあ学校行事が初デートってのも萎えるかもしれないけどさ」

「う、ううん! 楽しみ! 私、明日お弁当作ってくるね」

「マジで? 嬉しー!」

「咲弥くん、好きな食べ物ある?」

「俺はそうだなー。卵焼きかな、あまいやつ」


 なんてことがあって、今日は早起きしてお弁当作り。

 いつも残り物でちゃちゃっと作って終わりだけど、今日はそんなわけにはいかない。

 エビフライにミニハンバーグ、タコさんウインナー、ご飯は鶏そぼろと桜でんぶにして、それからリクエストのあまい卵焼き。

 男の子のお弁当ってどのくらい量があればいいんだろう。念のため、冷凍のミニグラタンとミートボールも追加しておいた。

 家族以外に料理を食べてもらうなんて初めてだから緊張する。咲弥くんの口に合えばいいんだけど。


 柚を学校に送り出して、樹を保育園バスに乗せた。

 お弁当を持って、私も出発!



 早起きしたから、バスの中ではすっかり寝ちゃってた。

 あっという間に、アスレチックワールドに到着。

 先生の話が終わり、みんなが散り散りに解散して行く。


「結來、おはよ!」


 振り向くと、咲弥くんがいた。


「おはよう、咲弥くん」

「バスで声掛けようと思ったんだけど、結來ずっと寝てるから」

「早起きしたから眠くなっちゃって」

「俺も、昨日楽しみであんまり眠れなかったんだよな」


 初デート。

 その言葉を思い出して、なんだか咲弥くんと2人でいることが恥ずかしくなる。

 私たち、本当に恋人になったんだよね……?


「いやあ、めでたいね~。おふたりさん!」


 賑やかにやって来たのは隅谷くんだった。


「なんだよ、慎太郎。今日はお前といられないって言っただろ?」

「お祝いに来たんだよ。2人の仲を取り持ったキューピッドとして」


 隅谷くんのウインクが飛んできた。


「この前はありがとう、隅谷くん」

「いいってことよ~、結來ちゃん」

「はっ!? お前、結來と何があったんだよ!」


 咲弥くんをひょいっとかわして、隅谷くんは手を振って駆けて行った。


「じゃあな~、お幸せに~」

「ちょっ、慎太郎! ったく、なんなんだあいつ」

「あはは、2人とも仲良いんだね」


 幼馴染の子役仲間って言ってたっけ。

 いいなぁ。私もそんな友達、いたらいいのに。


「もうみんな行っちゃったな。俺たちも行こうか」

「うん!」



『アスレチックワールド』は、その名の通り広い敷地内の至るところに、丸太やロープでできたアスレチックがある。

 空中にロープが張ってあったり、池の上にタイヤが浮いてる。


「俺、ここ始めて来た。結來は?」

「私は去年1回だけ。地区の子供会で来たことあるよ」

「へえ、じゃあアスレチックは先輩だ。攻略法教えてよ」

「無理無理。私運動苦手だし、それに前に来たときは見てるだけだったから」

「見てるだけ?」


 ここのアスレチックは、ほとんどが子供だけで遊べる。だけど、小さい子が1人で遊ぶのは難しい。


「お母さんが仕事だったから、私が妹と弟を連れて参加したの。妹はまだ1年生だったし、弟は年中さんで。2人がケガしないようにとか、迷子にならないように見てるのが精一杯だったから」

「そっか……」


 あれ、なんかしんみりした空気。

 そんなつもりじゃなかったのに!


「楽しくなかったわけじゃないよ。私長女だから、2人の面倒を見るのはいつものことだし、2人が楽しかったって言ってくれて嬉し……」

「俺も、あんまり遊んだことないんだ」


 咲弥くんが足元の石ころを蹴飛ばした。


「物心ついたときから子役やってたし、習い事も多かったから。アスレチックとか遊園地とか行ったことあるけど、それはいつも撮影」

「そうだったんだ……」

「だからさ」


 思い切り蹴飛ばされた石が、池の方まで飛んで行った。


「今日は2人でめいっぱい遊ぼうな。なんたって、初デートなんだからさ」


 ニカッと笑う咲弥くんに釣られて、私もほっぺが緩んだ。

 咲弥くんの後ろに、太陽の光がサンサンと輝いている。



 私たちは敷地内の端から、アスレチックに挑戦して行った。

 網目状に張られた縄を登ったり、ターザンロープにぶら下がって滑ったり、池の上のタイヤを飛んだり……

 そして今は、空中にロープで吊るされた丸太の上を渡るグラグラ橋に挑戦中。

 ちょっと下を見ちゃったら、ものすごい高さ……!


「あっ!」


 グラッとバランスが崩れて、近くのロープにしがみつく。


「結來!」


 先にゴールしていた咲弥くんが、板の上から身を乗り出した。


「下は見るな。俺だけ見てろ」

「……っ、うん!」


 ゆっくり少しずつ進めば、咲弥くんとの距離が近づいてくる。あと少し、もうちょっと……


「結來、あと少しだ。掴まれ!」


 咲弥くんが私に向かって手を伸ばした。私は恐る恐る片手をロープから離して、咲弥くんの方へ伸ばす。

 その手を、咲弥くんが掴んでくれた。咲弥くんの手、熱い。


「よしっ!」


 咲弥くんに引っ張られるようにして、なんとか渡り切った。その拍子に咲弥くんが尻餅をついて、私も倒れ込む。


「ご、ごめん! 咲弥くん大丈夫?」

「俺は平気。頑張ったな、結來」


 私の手を掴んでくれてた咲弥くんの手が、今度は私の頭を撫でる。


「恥ずかしいよ。ちっちゃい子じゃないんだから……」

「いいじゃん。誰も見てないよ」


 こんなの私が柚や樹にしてあげてることなのに。

 でも、ちょっと……嬉しい、かも。


 グ~……とお腹の虫の音が聞こえた。私じゃない。

 ということは……?


「あ、はは……俺だ」

「もうお昼過ぎてるみたいだね。お弁当にしようか」

「よっしゃ! 結來の弁当楽しみで、朝飯抜いて来たんだ」

「えっ、じゃあお腹ペコペコだよね。早くご飯にしよう」



 アスレチックから降りて、木の下の芝生にレジャーシートを広げた。

 大きめの2段重ねのお弁当箱と、もう1つ追加のお弁当箱を取り出す。


「うわっ、こんなにたくさん。作るの大変だっただろ」

「そんなことないよ。足りないと困るから、ちょっと多めに作ってみたんだ。多かったら残してね」

「全部食べるよ。いただきまーす!」


 咲弥くんがパクパクとお弁当を食べてくれる。私はドキドキしちゃって、なかなか箸が進まない。


「おいしい! 俺の好きなもんばっかだよ」

「よかった~。家族以外に食べてもらうの初めてだから、不安だったんだ」

「家でもいつも料理してんの?」

「いつもって言ってもお弁当は残り物を詰めるときが多いし、朝は適当だから、ちゃんと作るのは夕ご飯くらいだけどね」

「十分すごいよ。ホント、結來はなんでも一生懸命なんだな」

「うちはお母さんが忙しいから」


 あの告白のときも、咲弥くんは私がいつも一生懸命だって言ってくれた。

 でも勉強や当番をするのは当然だし、料理だって家族のためにしてるだけ。

 そんな些細なことでも相手の良いところを見つけられるのが、咲弥くんの素敵なところなんだと思う。


「これ、すっごいおいしい」


 咲弥くんが箸でつまんだのは、卵焼き。


「ロケ弁とかにもよく入ってるけど、なかなかベストなあまさの卵焼きに出会えないんだ。でも結來の卵焼き、最高!」

「ホントに? うちで作るときは弟用にもっとあまくするんだけど、それだとあますぎるかなって思って少し控えめにしてみたの」

「俺の好みなんて言ってなかったのに、完全に結來に読まれたな。あー、ロケ弁の卵焼き全部結來が作ってくれたらいいのに」

「大げさだな~」



 午後からは、残りのアスレチックをまわっていった。

 最後に挑戦したのは、高い塔のようなアスレチック。あっちこっちのロープや網、輪っかのトンネルなどを登って行って、ついに頂上!

 空中のグラグラ橋より、ずっとずっと高い。


「よっしゃー! アスレチック完全制覇!」

「すごい! 登れっちゃったね」


 アスレチックワールド全体が見渡せる。

 あんなに大変だった他のアスレチックが、ここからだとみんな小さく見えた。


「ここまで来るの初めて。こんな高さじゃ、妹と弟と一緒に登り切るのは無理だったから」

「俺だって、結來とじゃなきゃ来られなかったかもしれない」

「そんなことないよ。咲弥くんなら楽勝でしょ」

「そんなことあるんだよ」


 咲弥くんが辺りを見回した。

 下の方は人が多かったのに、上に行くにつれてどんどん人が減っていって、今ここには私たちしかいない。


「このアスレチック、コースの最後だけあって難易度高いんだよ。時間掛かるし、大変だから諦めてる人多かったじゃん。下見たら足振るえそうになったし、俺も1人だったら途中でやめてたと思う。でも結來が一生懸命だったから、俺が弱音なんて吐けないよなって思って」

「私だって本当は怖かったよ。でも、咲弥くんの足を引っ張らないように必死で……」

「全然怖がってるようには見えなかったけどな」


 それは、咲弥くんが傍に居てくれたから。

 私だってきっと、1人だったら登り切れなかった。挑戦しようとも思わなかったと思う。

 傍に誰かがいてくれるのって、こんなに心強いことだったんだ。


 今度は2人でゆっくりと、下に降りて行った。

 私が先にロープから飛び降りて地面に着地、その後に咲弥くんも続いた。


「痛……っ」

「どうしたの?」

「指、ちょっとかすった」


 咲弥くんの指を見ると、血が滲んでいた。


「待って。私、絆創膏持ってるから」


 荷物置き場のカバンから絆創膏を取ってきて、咲弥くんに渡す。


「ありがとう。準備いいな」

「普段から持ち歩いてるの。私ドジだからよく指を切っちゃうことが多くて」

「大丈夫かよ。心配になるんだけど」


 咲弥くんが、ふいに私の手を取った。


「料理もするんだから、気をつけろよ。俺が守ってやるにも限度があるんだから」

「さ、咲弥くんだって、撮影とかでケガしないでね」

「わかってるって」


 咲弥くんの手が離れる。

 私は触れるたびにドキドキしちゃってるのに、咲弥くんはそんなことないのかな。


「バスの時間までもう少しだけど、どうする?」

「ええと、お土産コーナー見てもいいかな? 妹と弟に買っていきたいの」



 売店に行くと、アスレチックワールドのロゴが入ったお菓子やタオル、キーホルダーが売っていた。

 柚にはアスレチックワールドのマスコットがついたキーホルダー、樹には……


「あ」


 咲弥くんが棚の前で足を止めた。傘立てみたいな筒に、剣のおもちゃが何本も入ってる。

 黒い柄に赤いラインが入った、見覚えのあるデザイン。侍戦士リュウノスケの剣だ。


「侍戦士のだね。こういうところにも売ってるんだ」

「おもちゃ屋で売ってるのとはちょっと違うけど、これはこれでよくできてるな」


 咲弥くんが剣を手に取って、軽く振った。

 おもちゃ屋さんで売ってるような本格的なおもちゃは、音が鳴ったり光ったり、リュウノスケの声が出たりする。

 もちろん高いからうちじゃ買えないけど、これはリュウノスケの剣をかたどっただけだからお小遣いで買える範囲だ。


「弟のお土産、これにする」

「え、これでいいのか?」

「うちの弟、侍戦士大好きだから絶対喜ぶと思う。本物のリュウノスケくんが持ってくれたから、プレミア付きだしね」

「うわあ、マジか! 嬉しい」


 剣とキーホルダーを買って、売店を出た。


「今日はすっごい楽しかった。また遊び行こうな、今度は2人で」

「うん……!」


 こんな風に遊んだのって久しぶり……ううん、初めてかもしれない。

 一緒に遊んでお弁当食べてお買い物して……そんなのみんなにとっては普通かもしれないけど、私にとってはすごく特別なこと。

 しかも、咲弥くんと一緒だったから。


 バスに乗ると、もう他の子たちはほとんど戻っていた。

 咲弥くんと2人で戻って来た私に、なんとなく注目が集まる。女の子たちは目配せしてるみたいだった。


 これもしかして、私たちが付き合ってることバレちゃった!?

 マズいよね。だって咲弥くん芸能人なんだもん。スキャンダルになっちゃったら……


「だいじょーぶっ!」


 座席からひょいと顔を出したのは、隅谷くんだった。


「この学校で起きたことは外に漏らさないのがルール。結來ちゃんと咲弥のことは、誰もネットに書き込んだりしないって」

「ネットはともかく、そういうお前が1番心配なんだよ。俺らのこと、もう言い触らしてんじゃないだろうな?」

「まさか。俺が言い触らさなくったって、とっくにみんなのウワサになってるぜ」


 ええええっ、そ、そうなの!?





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