学校の中庭にはビオトープがある。
ベンチが置いてあって、昼休みにはお弁当を食べてる人も多いけど、放課後は誰もいない。
校舎に寄りかかって池をぼんやり見ていると、鯉が静かに泳いで水面が揺れた。
休み時間、綾瀬くんから「放課後中庭に来て」と言われた。
理由はわかってる。告白の返事を聞かれるんだ。
まだ私の心は決まってない。
だって、綾瀬くんに聞かなきゃいけないことがあるから。
「藤崎さん」
ドキンと心臓が跳ねる。綾瀬くんが校舎の影から顔を出していた。
「ごめん、待った? マネージャーから連絡来ちゃって」
「ううん、大丈夫。今来たところ」
綾瀬くんがゆっくりと私に近づいてくる。
距離が縮むたび、心臓の鼓動が速くなった。
「この間の返事、聞かせてもらえないかなと思って」
「……その前に、私も綾瀬くんに聞きたいことがあるの」
「俺に? なんでも聞いて」
「どうして私に、告白してくれたの?」
綾瀬くんの顔を見られない。でもそんな私を、綾瀬くんはじっと見つめてる。
「藤崎さんのことが好きだからだよ」
何度言われても慣れない言葉。嬉しさと一緒に不安が襲ってくる。
私は今まで告白されたことなんてない。これからだってないと思ってた。
だって……
「どうして、私なの?」
「それは……」
「綾瀬くんの周りにはキレイな子も、かわいい子もたくさんいるのに。私はただの一般人で、歌だってダンスだって得意じゃない。スタイルだって良くないし、おまけにブスで、なんにも良いところなんかないのに……」
ドン、と校舎を背にした私の顔の横に、綾瀬くんが手をついた。
綾瀬くんの真剣な顔が目の前に迫る。
「俺の好きな子のこと、悪く言うのやめろよ」
え……好きな子、って……私のこと……?
「周りのやつがどうとか、結來が一般人とか関係ない。俺は結來が好きなんだよ」
「綾瀬、くん……」
綾瀬くんがポケットから、くゃくしゃになった小さな紙を取り出した。
「これ」
「み、見ていいの……?」
渡されたそれを開いてみると、中間テストの成績表だった。どの科目も平均点以上、高得点が並んでる。
「こんな点取れたの初めてだよ。この前、藤崎さんが教えてくれたおかげ」
「そんな……綾瀬くんが頑張ったからだよ」
綾瀬くんが首を振った。
「俺、ずっと芸能界続けるつもりだったから、勉強なんて適当にやっとけばいいと思ってた。でも一生懸命勉強してる藤崎さんを見てたら、芸能活動を言い訳にしてる自分が恥ずかしくなったんだ」
「私なんて勉強くらいしかやることないから。綾瀬くんはお仕事忙しいんだから仕方ないよ」
「藤崎さんだって、クラスの当番や先生の手伝い頑張ってるだろ。それなのに、みんなが困ってると助けてくれる。そんな藤崎さんを見てたら……いつの間にか、好きになってた」
優しく微笑んだ綾瀬くんの顔は、テレビで見る表情とは違う。
勉強のこととか当番のこととか、そんなところを見てくれてる人がいるなんて思わなかった。別に特別なことをしてるわけじゃないのに。
でも、なんだかすごく嬉しい。
先生やお母さんに褒められたときとは違う感じがする。こんなに胸の奥がキュンとするのは、綾瀬くんに言ってもらえたからだ。
この気持ちが、「好き」ってことなのかな。
でも、私は誰かと付き合ったことなんてない。
それに、特待生は成績を落とせないから勉強を優先させないと。家の手伝いだってしなくちゃ。
お付き合いすることになっても、ちゃんとデートとかできないかもしれないよ。
こんな私が、綾瀬くんの彼女になってもいいのかな。
「藤崎さん、大丈夫?」
気づくと、綾瀬くんが私の顔を心配そうに覗き込んでた。
「あ、あのっ、私、綾瀬くんの良い彼女になれる自信がないの。だから、その……」
「自信? やっぱりマジメだな、藤崎さんは。そういうところが好きなんだけど」
当たり前みたいに、また綾瀬くんは「好き」と言ってくれる。
「じゃあさ、まずはお試しで付き合ってみない?」
「お試し?」
「ダメならもちろん、途中でクーリングオフしてくれていいから」
クーリングオフ?
綾瀬くんって、おもしろいこと言うんだなぁ。
ガチガチになってた気持ちが少し軽くなる。私なんかにそこまで言ってくれるなら、私も、勇気出してみようかな。
「……じゃあ、お試しでお願いします」
「ホントに? やっっったあああ!」
綾瀬くんが両手を高くあげた。
私と付き合えただけで、こんなに喜んでくれる人がいるんだ。なんだか私まで嬉しくなっちゃう。
「お試しとはいえもう恋人なんだからさ、咲弥って呼んでよ」
「さ、咲弥……くん」
私がそう呼ぶと、綾瀬くん……咲弥くんがくしゃっと笑った。
「さっき勢いで呼んじゃったけど、俺も結來って呼んでいい?」
「う、うん」
咲弥くんの柔らかい茶色の瞳に、私が映ってる。
「よろしくな、結來」
これ、ドラマじゃないんだよね……?