目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
episode3



 次の日もまた次の日も、綾瀬くんは何事もなかったように「おはよう」と声をかけてくれた。

 そんな綾瀬くんの顔を見られなくて、逃げるように席に着く。

 もしかして、綾瀬くんは告白のこと忘れちゃってるのかな。それならその方がいいんだけど。


 いっそのこと私も忘れたかったけど、初めての告白を簡単に忘れるなんてできない。

 綾瀬くんと同じ教室にいたら、どうしても意識しちゃうよ。

 だから朝は遅刻ギリギリに教室に飛び込んで、休み時間はなるべく教室にいないようにした。

 最近綾瀬くんは撮影が忙しいみたいで、あんまり学校にいなくて助かった。

 早く夢から覚められたらいいのに。


 テストが終わってからもそんな毎日を送ってたら、気が滅入ってきちゃった。ちょっと息抜きしようかな。

 通学路にあるカフェ、ずっと気になってたんだよね。気分転換に行ってみよう。無駄遣いはできないけど、たまにはいいよね。


 放課後、1人でカフェに向かった。

 レンガ風の壁に赤い屋根。今日初めてちゃんと看板を見たけど、『Terra-cottaテラコッタ』って名前らしい。

 カウンターでオススメの抹茶フロートを頼んで、奥の席に座った。隣の席との間には低い壁のような仕切りがあって、上に観葉植物が並んでる。ここなら1人でも目立たない。


 別に目立ってもいいんだけどね。この通りを通学路として使ってるのは、たぶん私くらい。この店は駅の反対側。みんな電車で帰ったり直接仕事に行くから、ここにうちの学校の人が入って行くのは見たことない。


 抹茶フロートをストローでひとくち。ちょっぴり苦い。上に乗ってるバニラアイスと相性ピッタリだ。

 1人でカフェなんて落ち着かないかと思ったけど、そんなことなかった。むしろ芸能人に囲まれてる学校と違って、普通の空間にホッとする。

 この店、お気に入りになりそう。


「ここの抹茶フロート、マジで旨いから飲んでみ? 騙されたと思って」

「騙されたくないんだけど」


 賑やかな男の子たちの声が聞こえてきた。

 うちの学校の人じゃないといいけど……


「今日は咲弥のオゴリな」

「はあ? なんで」

「お前が相談したいって言ってきたんだろ」


 綾瀬くん!!??

 恐る恐る顔を上げると、もう1人は隣のクラスの隅谷すみたに慎太郎くんだった。侍戦士でリュウノスケの友達・テンマ役で出演してる。


 どうしよう。こんなところで会ったら気まずい。

 でも私の席は1番奥で、顔を合わせないで外には出られない。


 もたもたしてると、抹茶フロートを持った2人がこっちにやってきた。

 慌てて身体を縮ませて隠れる。綾瀬くんと慎太郎くんは、よりにもよって隣の席に座った。

 これじゃ席を立ったら絶対見つかっちゃう。帰るに帰れないよ。


 2人が席に着いた途端、綾瀬くんの弱々しい声が聞こえてきた。


「しんたろー……俺どうすればいい……?」

「告白はしたんだろ? 結來ちゃんに」

「『結來ちゃん』とか呼ぶなよ。俺だってまだ藤崎さんって呼んでんのに」


 わ、私の話……?


「告白はしたけど、全然返事もらえないんだよ。なんか避けられてるような気がするし。やっぱ俺じゃダメなんかな」

「SNSからDMしてみれば? アカウントくらい聞いただろ?」

「スマホ持ってないんだって」

「ええっ、イマドキ? ホントは持ってるんじゃねえの。お前に教えたくなかっただけで」

「相談してんのに、ヘコむこと言うなよ……」


 そーっと観葉植物の隙間から覗くと、綾瀬くんが机に突っ伏していた。

 やれやれと、隅谷くんがアイスをつつく。


「ああいうしっかりした子は、ゆっくり段階を踏んで告白しないとダメなんだって。焦り過ぎたんじゃねえの」

「時間は掛けたよ。毎朝『おはよう』って言ったし、掃除当番も手伝って、一緒にテスト勉強もして最大のチャンスだと思ったのに」

「それが焦りすぎだって言ってんだよ。『おはよう』以外は全部その日のことだろ? 詰め込み過ぎなんだよ」


 2人が話してるのは、紛れもなく恋愛相談。しかも私の。

 綾瀬くんは誰にでも声をかけてる遊び人で、だから私にもその場のノリで告白しただけ……と思ってたのに。


「ま、今更後悔しても遅い。相手は一般人なんだ。お前みたいな芸能人に突然告られて半信半疑なのかもしれないぜ。ここまできたら、こっちからアクション起こして本気だってとこ見せろよ」

「そう……だよな。わかった! 俺、明日藤崎さんに返事を聞きに行く!」


 な、なんか急展開……。私、明日返事しないといけないの?

 何も考えてないどころか、忘れようって思ってたのに!?



 仕事があるからと、綾瀬くんがお店を出て行った。

 1人残った隅谷くんが、スマホ片手に抹茶フロートを飲んでる。

 さっきの様子だと、綾瀬くんと隅谷くんはすごく仲が良さそう。隅谷くんなら綾瀬くんのこと、いろいろ知ってるかも。


 よし、と思い切って立ち上がる。仕切りの壁をまわって隣のテーブルに行った。


「あの、隅谷くん?」

「うわっ! 結來ちゃん? ビックリした~。ウワサをすればなんとやらってやつ?」


 驚いてた隅谷くんだったけど、すぐに「まあ座って座って」と綾瀬くんが座ってた席をすすめてくれた。

 隅谷くんは、侍戦士に出たときと同じ黒縁のメガネを掛けてる。トレードマーク、なのかな。


「ごめんなさい。私、隅谷くんと綾瀬くんの話聞いちゃってて」

「いいよ、いいよ。その方が話早いし。で、ぶっちゃけどうよ。咲弥のこと、好き?」

「…………」

「ウソ! 嫌い?」

「ち、違うの。嫌いじゃない、けど……」


 黙り込んでしまった私の顔を、隅谷くんが覗き込む。


「咲弥のこと、聞きたいことがあるならなんでも聞いて。俺、あいつとは芸能界に入った頃からの付き合いで、幼馴染みたいなもんだからさ」


 ウワサのこと、まさか本人に聞くわけにはいかない。今頼れるのは、隅谷くんだけだ。


「……綾瀬くんのウワサを聞いたの。いろんな子に声を掛けてるって」

「あぁー……」


 アレね、と隅谷くんが頭を掻いた。


「それ、小学生の頃からずーっと言われてるんだぜ」

「えっ!?」

「あいつ、昔から人見知りとは無縁でコミュ力高いから、誰にでも話しかけてすぐ仲良くなるんだよ。男女関係なく。それで遊び人とかいろいろ言われてるってわけ」


 それ、誰とでも友達になれる人ってこと、だよね?


「じゃあ、ウワサは誤解なの?」

「誤解誤解! 元カノも何人もいたけど……」

「何人も!?」


 小学生のときに元カノが何人も……。

 芸能人、やっぱり住んでる世界が違うよ。


 なんて思ってると、隅谷くんが「違う違う」と両手をぶんぶん振った。


「最後まで聞いてって。元カノ何人もいたけど、全部一方的に告られて一方的に振られてんだよ。最長1週間、最短3時間かな」

「え……どうして?」

「誰とでも仲良くなるから女の子にもモテるんだけど、付き合っても変わらずみんなと仲良くするから彼女が怒って破局……の繰り返し」

「そ、そうなんだ」


 隅谷くんがテーブルに身を乗り出した。


「咲弥は本気で結來ちゃんに告ったんだよ。誰にでもすぐ声を掛けに行くあいつが、結來ちゃんに声掛けるまでかなり時間かかってたんだから」

「そうなの?」

「『おはよう』って言えただけで大喜びしてたんだぜ。告白するって決めてからも、どうやって言おう。何かきっかけとかないかな。どうすればいい? って悩みまくってた。あんな咲弥初めて見たぜ」


 綾瀬くん、本気だったんだ。本気で私のこと好きだって言ってくれたのに、疑ったりして……。

 でも、それならそれでわからないことがある。


「綾瀬くんは、どうして私なんかに告白してくれたんだろう」

「そりゃ、結來ちゃんが好きだからっしょ」

「私なんかの、どこが……」


 チャンチャララン♪


 隅谷くんのスマホからメロディーが鳴った。


「悪い。俺もう行くな」

「隅谷くんもお仕事?」

「お仕事お仕事! 告白した理由は本人に聞いちゃえよ。じゃあな!」


 飲みかけのフロートを片手に、隅谷くんが飛び出して行った。


 本人に、かぁ……。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?