次の日もまた次の日も、綾瀬くんは何事もなかったように「おはよう」と声をかけてくれた。
そんな綾瀬くんの顔を見られなくて、逃げるように席に着く。
もしかして、綾瀬くんは告白のこと忘れちゃってるのかな。それならその方がいいんだけど。
いっそのこと私も忘れたかったけど、初めての告白を簡単に忘れるなんてできない。
綾瀬くんと同じ教室にいたら、どうしても意識しちゃうよ。
だから朝は遅刻ギリギリに教室に飛び込んで、休み時間はなるべく教室にいないようにした。
最近綾瀬くんは撮影が忙しいみたいで、あんまり学校にいなくて助かった。
早く夢から覚められたらいいのに。
テストが終わってからもそんな毎日を送ってたら、気が滅入ってきちゃった。ちょっと息抜きしようかな。
通学路にあるカフェ、ずっと気になってたんだよね。気分転換に行ってみよう。無駄遣いはできないけど、たまにはいいよね。
放課後、1人でカフェに向かった。
レンガ風の壁に赤い屋根。今日初めてちゃんと看板を見たけど、『
カウンターでオススメの抹茶フロートを頼んで、奥の席に座った。隣の席との間には低い壁のような仕切りがあって、上に観葉植物が並んでる。ここなら1人でも目立たない。
別に目立ってもいいんだけどね。この通りを通学路として使ってるのは、たぶん私くらい。この店は駅の反対側。みんな電車で帰ったり直接仕事に行くから、ここにうちの学校の人が入って行くのは見たことない。
抹茶フロートをストローでひとくち。ちょっぴり苦い。上に乗ってるバニラアイスと相性ピッタリだ。
1人でカフェなんて落ち着かないかと思ったけど、そんなことなかった。むしろ芸能人に囲まれてる学校と違って、普通の空間にホッとする。
この店、お気に入りになりそう。
「ここの抹茶フロート、マジで旨いから飲んでみ? 騙されたと思って」
「騙されたくないんだけど」
賑やかな男の子たちの声が聞こえてきた。
うちの学校の人じゃないといいけど……
「今日は咲弥のオゴリな」
「はあ? なんで」
「お前が相談したいって言ってきたんだろ」
綾瀬くん!!??
恐る恐る顔を上げると、もう1人は隣のクラスの
どうしよう。こんなところで会ったら気まずい。
でも私の席は1番奥で、顔を合わせないで外には出られない。
もたもたしてると、抹茶フロートを持った2人がこっちにやってきた。
慌てて身体を縮ませて隠れる。綾瀬くんと慎太郎くんは、よりにもよって隣の席に座った。
これじゃ席を立ったら絶対見つかっちゃう。帰るに帰れないよ。
2人が席に着いた途端、綾瀬くんの弱々しい声が聞こえてきた。
「しんたろー……俺どうすればいい……?」
「告白はしたんだろ? 結來ちゃんに」
「『結來ちゃん』とか呼ぶなよ。俺だってまだ藤崎さんって呼んでんのに」
わ、私の話……?
「告白はしたけど、全然返事もらえないんだよ。なんか避けられてるような気がするし。やっぱ俺じゃダメなんかな」
「SNSからDMしてみれば? アカウントくらい聞いただろ?」
「スマホ持ってないんだって」
「ええっ、イマドキ? ホントは持ってるんじゃねえの。お前に教えたくなかっただけで」
「相談してんのに、ヘコむこと言うなよ……」
そーっと観葉植物の隙間から覗くと、綾瀬くんが机に突っ伏していた。
やれやれと、隅谷くんがアイスをつつく。
「ああいうしっかりした子は、ゆっくり段階を踏んで告白しないとダメなんだって。焦り過ぎたんじゃねえの」
「時間は掛けたよ。毎朝『おはよう』って言ったし、掃除当番も手伝って、一緒にテスト勉強もして最大のチャンスだと思ったのに」
「それが焦りすぎだって言ってんだよ。『おはよう』以外は全部その日のことだろ? 詰め込み過ぎなんだよ」
2人が話してるのは、紛れもなく恋愛相談。しかも私の。
綾瀬くんは誰にでも声をかけてる遊び人で、だから私にもその場のノリで告白しただけ……と思ってたのに。
「ま、今更後悔しても遅い。相手は一般人なんだ。お前みたいな芸能人に突然告られて半信半疑なのかもしれないぜ。ここまできたら、こっちからアクション起こして本気だってとこ見せろよ」
「そう……だよな。わかった! 俺、明日藤崎さんに返事を聞きに行く!」
な、なんか急展開……。私、明日返事しないといけないの?
何も考えてないどころか、忘れようって思ってたのに!?
仕事があるからと、綾瀬くんがお店を出て行った。
1人残った隅谷くんが、スマホ片手に抹茶フロートを飲んでる。
さっきの様子だと、綾瀬くんと隅谷くんはすごく仲が良さそう。隅谷くんなら綾瀬くんのこと、いろいろ知ってるかも。
よし、と思い切って立ち上がる。仕切りの壁をまわって隣のテーブルに行った。
「あの、隅谷くん?」
「うわっ! 結來ちゃん? ビックリした~。ウワサをすればなんとやらってやつ?」
驚いてた隅谷くんだったけど、すぐに「まあ座って座って」と綾瀬くんが座ってた席をすすめてくれた。
隅谷くんは、侍戦士に出たときと同じ黒縁のメガネを掛けてる。トレードマーク、なのかな。
「ごめんなさい。私、隅谷くんと綾瀬くんの話聞いちゃってて」
「いいよ、いいよ。その方が話早いし。で、ぶっちゃけどうよ。咲弥のこと、好き?」
「…………」
「ウソ! 嫌い?」
「ち、違うの。嫌いじゃない、けど……」
黙り込んでしまった私の顔を、隅谷くんが覗き込む。
「咲弥のこと、聞きたいことがあるならなんでも聞いて。俺、あいつとは芸能界に入った頃からの付き合いで、幼馴染みたいなもんだからさ」
ウワサのこと、まさか本人に聞くわけにはいかない。今頼れるのは、隅谷くんだけだ。
「……綾瀬くんのウワサを聞いたの。いろんな子に声を掛けてるって」
「あぁー……」
アレね、と隅谷くんが頭を掻いた。
「それ、小学生の頃からずーっと言われてるんだぜ」
「えっ!?」
「あいつ、昔から人見知りとは無縁でコミュ力高いから、誰にでも話しかけてすぐ仲良くなるんだよ。男女関係なく。それで遊び人とかいろいろ言われてるってわけ」
それ、誰とでも友達になれる人ってこと、だよね?
「じゃあ、ウワサは誤解なの?」
「誤解誤解! 元カノも何人もいたけど……」
「何人も!?」
小学生のときに元カノが何人も……。
芸能人、やっぱり住んでる世界が違うよ。
なんて思ってると、隅谷くんが「違う違う」と両手をぶんぶん振った。
「最後まで聞いてって。元カノ何人もいたけど、全部一方的に告られて一方的に振られてんだよ。最長1週間、最短3時間かな」
「え……どうして?」
「誰とでも仲良くなるから女の子にもモテるんだけど、付き合っても変わらずみんなと仲良くするから彼女が怒って破局……の繰り返し」
「そ、そうなんだ」
隅谷くんがテーブルに身を乗り出した。
「咲弥は本気で結來ちゃんに告ったんだよ。誰にでもすぐ声を掛けに行くあいつが、結來ちゃんに声掛けるまでかなり時間かかってたんだから」
「そうなの?」
「『おはよう』って言えただけで大喜びしてたんだぜ。告白するって決めてからも、どうやって言おう。何かきっかけとかないかな。どうすればいい? って悩みまくってた。あんな咲弥初めて見たぜ」
綾瀬くん、本気だったんだ。本気で私のこと好きだって言ってくれたのに、疑ったりして……。
でも、それならそれでわからないことがある。
「綾瀬くんは、どうして私なんかに告白してくれたんだろう」
「そりゃ、結來ちゃんが好きだからっしょ」
「私なんかの、どこが……」
チャンチャララン♪
隅谷くんのスマホからメロディーが鳴った。
「悪い。俺もう行くな」
「隅谷くんもお仕事?」
「お仕事お仕事! 告白した理由は本人に聞いちゃえよ。じゃあな!」
飲みかけのフロートを片手に、隅谷くんが飛び出して行った。
本人に、かぁ……。