「……さん……藤崎さん!」
「あ、な、なに?」
慌てて振り返ると、クラスメイトの星野さんが立っていた。
「これ、今日の日誌。適当に書いて、職員室に置いてきてくれればいいから。よろしくね」
「うん、任せて。お仕事頑張ってね」
「ありがと! 助かる!」
星野さんが教室を飛び出して行った。
放課後すぐ撮影に行かなきゃいけないのにと困ってたから、私が日直の仕事を代わる約束をしてた。
ボーっとしてて忘れるところだったよ。私、責任感ないなぁ。
今日はなんだかずっとぼんやりしてる。昨日から夢の中にいるみたい。
けど、夢じゃない。昨日私は、綾瀬くんに告白された。
なんで? どうして? 綾瀬くんが私にって、意味がわからない。
予想外の出来事に頭がパンクして「か、考えさせて!」とか言って帰っちゃったけど、一晩経っても実感がない。
今日、綾瀬くんは変わった様子もなくて、いつも通り普通に「おはよう」って声を掛けてくれた。思わず逃げちゃったけど。
綾瀬くんは撮影があるから早退しちゃって、正直ホッとした。同じ教室にいる間中、落ち着かなかったから。
なんで私なんかに告白してくれたんだろう。
綾瀬くんはかっこよくて優しくて、同い年なのにテレビで主演をしてる。
そんなすごい人が私なんかに告白するなんて、地球がひっくり返ったってありえない。
テスト勉強教えてあげたお礼? 学校に馴染めてない私を可哀想に思って? それとも、何かの罰ゲーム!?
まさか、綾瀬くんがそんなことする人には見えない。
だったら、本当に私のこと……
でも私はブスだしなんの取り柄もないお子ちゃま。周りには可愛くてキレイで歌やダンスが上手な子がいっぱいいるのに、私を好きになるなんてどう考えてもありえない!
グルグル考えながら日誌を書いて、職員室に持って行く。
ちょうど担任の白井先生がいた。先生は体育の先生で、ハキハキとした声が大きくてたまにビックリする。
「あれ、今日の日直は藤崎じゃないよな?」
「星野さんは仕事があるそうなので、私が代わりました。日誌を書いただけですけど」
「ったく、しょうがないな。……お?」
日誌を開いた先生の目が留まる。
私、なんか変なこと書いちゃったかな……。
「ずいぶんしっかり書いてくれてるな。授業内容や教室の様子がよくわかるよ」
「書き方がよくわからなかったので、小学校のときと同じように書いたんですが」
「完璧だよ。みんなこれくらい丁寧に書いてくれたらいいんだがな。さすが特待生」
よかった、怒られるのかと思った。
少しだけ気持ちが軽くなって、職員室を出た。
一瞬だけ綾瀬くんのことを忘れてたけど、教室が近づいてくるとまた胸の奥がグルグルしてくる。
「考えさせて」って言っちゃったんだから、返事をしなきゃいけないよね。
本気で告白してくれたのなら、本気で答えなきゃ。綾瀬くんのこと、好きか嫌いかならもちろん好きだけど、でもそれは侍戦士リュウノスケを見てるからかもしれない。
私、綾瀬くん自身のことを全然知らない。綾瀬くんだって私のこと知らないはず。なのに、どうして……
「咲弥、また告ったって聞いた?」
「聞いた聞いた。しかも今度は一般人だって。あの特待生」
通りがかった隣の教室で、男の子たちの声が聞こえる。咲弥って、綾瀬くんのことだよね。
しかも告ったって、昨日のこと!? なんで知ってるの!?
教室には誰もいなかったはずだけど、廊下に誰かいたのかな。隣のクラスに聞こえてたのかもしれない。
「あいつ、女の子なら誰にでも声掛けてるからな」
「遊び人じゃん。元カノ何人もいるんだっけ」
「一般人なんて告られたら本気にするだろ。かわいそー」
ケラケラ笑う男の子たちの声に、不思議なくらいスッと胸のグルグルが収まった。
そりゃそうだよ。綾瀬くんみたいにカッコイイ男の子が、私のことを本気で好きになってくれるわけない。
綾瀬くんはずっと芸能界にいたから、一般人の私が珍しくて声を掛けただけなんだ。
「好きだよ」なんて誰にでも言ってる。きっと今頃、言ったことも忘れてるかもしれない。
本気にして、本気で悩んで考えてたなんてバカみたい。
でも、勘違いするのは仕方ないじゃない。
だって私、男の子に告白されるなんて初めてだったんだから。
男の子たちが席を立つ音が聞こえて、慌てて自分の教室に飛び込んだ。
誰もいない教室。昨日と同じ、夕陽に照らされてる。
初めての告白が綾瀬くんだなんて、一生の思い出になったよね。
良い夢、見させてもらったな。
窓から見上げた夕陽は、ゆっくりとビルの隙間に沈んでいった。