目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
冒険者の真似事

「エリシア」

「はい? ってアルフレッドじゃない」


 ちょうど家事も終わり一息ついていた時間であった。

 玄関から知り合いの男性の声がしたので顔を出す。


「エリシア、家事は終わったのか?」

「ええ、終わったところよ。今日は何の用かしら?」


 アルフレッドは女神様から剣の祝福を受けた少年である。

 2歳年上の16歳で、平凡な顔の少年だ。

 栗色の髪に藍色の瞳をしている。

 アルフレッドはなぜかあたしに好意があるらしく、まあこの村から出ることがなければアルフレッドと結婚するんだろうなとは思っていた。

 村の結婚は基本的に男性の気持ちが優先される。

 女性が嫁ぐという形が基本的な考えのため、あたしに決定権はない。

 そう考えると、村娘というのは基本的には誰かに決められた人生を送るしかないのだなと感じる。

 あたしにしてみれば今更ではあるが。


「ああ、エリシアと話したいと思ってな」


 ここは軽くあしらってもいいかなと思う。

 特にあたしから話すこともないし。

 この時期なら、どう考えても女神さまの祝福についての話だろう。


「エリシアは女神の祝福を受けたらどうするんだ?」


 やっぱりそうだった。

 まあ、どういう祝福であれあたしは祝福に従って生きるしかないだろう。


「あたしは、女神様からの祝福の通りに生きるだけね。どのような祝福を受けても、女のあたしには生き方なんて選べるものじゃないし」

「そ、そうか……」


 女同士の会話では、祝福を受けたらという話はしない。

 それを気にしたところでしょうがないのだ。

 だから話題にならない。

 気にするのは男の子だけだ。


「アルフレッドはどうするの?」

「俺か? 俺は勇者様の仲間になれるような戦士になろうと思っているさ!」

「そうなんだ。じゃあアルフレッドはアスティン兄さんのように『冒険者』になるの?」

「ああ、せっかく女神様から《剣士》の祝福を受けたしな」


 アルフレッドが受けた祝福は、正確に言うならば《剣士》の祝福である。

 一般的な祝福で剣の才能が飛躍的に向上するのだ。

 たしか、スキルと言うものを習得するとか聞いたことがある。

 夢の世界の小説ではよくある設定だなと感じるし、夢の中の人も神様を名乗る人からそういうものをもらっていたはずだ。

 あたしには夢の中の人がもらっていたスキルはわからないけれども。


「それなら、いつ村を出ていくのかしら? 村には冒険者ギルドもないから冒険者になるなら早めに村を出発したほうが良いと思うけど……」

「俺はエリシアと一緒に世界に出たいんだ」

「はい?」


 アルフレッドは何を言っているのであろうか?

 あたしの女神様からの祝福がどういうものになるかわからないのに。


「アルフレッド……」

「なんで俺をそんなかわいそうな目で見るんだよ。俺は本気だからな!」

「あたしの祝福がどうなるかわからないじゃない」

「祝福なんて関係ないさ。どっちみちこのまま村に残っていても、俺とエリシアは結婚するんだし、いいだろ?」


 冒険者は危険な仕事だと聞く。

 魔物を倒したり、依頼を聞いたりして生計を立てる仕事だ。

 男の子ならば誰もがあこがれる職業なのには理由があって、一部の英雄様や勇者様みたいな特出した存在は基本的に冒険者を経由して成り上がっていくのだ。

 自分もそういうものになれるかもしれないと思って、戦闘系の祝福を受けた男の子は冒険者になるのだ。

 もちろん、誰もがそう言ったものになれるわけではない。

 お父さんも銅級冒険者から出世できずに諦めて戻ってきた人なのだ。

 そういったものに、戦闘系の祝福がない人間がなろうとすると、普通はギルドにお断りされる。

 当たり前ではあるけれども。

 それでも諦めきれずになろうとする人もいるとお父さんから聞いているけれど、その人たちの末路は聞いていない。


「関係あるわよ。どっちにしても、あたしはまだ祝福を受けていないんだから、どうしようもないわよ」

「いや、俺がちゃんと守るから大丈夫だよ!」


 それのどこが大丈夫なのかがわからない。


「ええっと……」


 あたしが返答に困っていると、アルフレッドがあたしの手を掴む。


「とりあえず、俺の稽古を見ていてくれないか?」

「……はぁ、わかったわ」


 アルフレッドはあたしのことになると諦めが悪いのだ。ここまで言われたら付き合わないのも酷だろう。

 あたしはアルフレッドに手を引かれるままに稽古場に向かうことになった。


 アルフレッドが稽古しているのは、実際の魔物相手らしい。

 両親から入らないようにと言われている森の入り口まで連れて来られる。


「アルフレッド……! 森の中って聞いていないわよ!」

「大丈夫だって、みんなもいるから」


 みんなと言うのは、村にいる冒険者崩れの戦士と、顔見知りの魔法使いのことかしら。

 戦士の方は顔見知りとはいえあたしのことを舐め回すように見る。


「アル、エリシアを連れてきたのか」

「ああ、ケリィが言ってたように、せっかくだから俺がエリシアを守れるって事を証明したくてさ」

「なら良いところ見せれるように頑張らないとな!」


 ケリィはアルフレッドより3つ年上の《重剣士》だ。

 15の時に村を出てしばらく冒険者をやっていた人で、最近は村に戻って来ている男だ。

 見た目はマッシブボディだけど、グレードソードを扱うならばこれくらい無いと振り回せないだろう。

 15歳の頃でも結構筋肉があったのだから、これぐらいに成長していてもおかしくはないかなと思う。


「……エリシアは基本後衛のボクから離れないようにしてね」


 夢の中ならインテリメガネと言う愛称が似合いそうなのは、村長の次男坊で《魔術師》の祝福を受けた、ヴィレディである。

 ヴィレディはアルフレッドと同い年で、村長が自慢していた「自慢の息子」である。と言っても、村長代理をやっているのは長男のザリアスである。


「ヴィレディはルビーちゃんは連れてきてないんだ?」

「ルビーは今日は呼んでいないよ。アルに譲るさ」


 まあ、村の中の人間関係ならば知らない間柄ではないので、ちょっと安心する。

 ちなみに、ルビーはヴィレディの婚約者で《回復師》の祝福を受けている。


「え、ちょっと。ヒーラー居ないとまずいんじゃないの?」


 あたしの忠告に、ケリィが胸を叩く。


「大丈夫さ!これまで入って魔物と戦ったりしてたけど、回復魔法は不要だったしな! 大船に乗ったつもりで安心してくれ!」

「泥でできてなきゃ良いわね……」


 あたしの中で夢の中で読んだ小説の一節が流れる。“大船に乗ったつもりで居たら座礁した”である。

 何の小説かはよくわからないけど、ロクなことにならないだろうなと感じて余計にゲンナリする。

 立ち入り禁止の森は、魔物が出現するのだ。

 入り口付近はゴブリンやスライム、コボルトと言った魔物が出現するが、奥に行けば奥に行くほど強い魔物が出現する。

 お父さんがよくよくあたしたちに言って聞かせているので、入らないのが一番なんだけどな……。

 まあ、行く気満々アルフレッド達に反対したところで、あたしは彼らを振り切れないことはわかっているし、しょうがないだろう。

 大人しくついていくことにした。


 森の中は、獣道が続いている感じで獣道近辺はそれなりに明るい。

 獣道から外れれば、魔物の領域だ。

 それに、魔物以外にも凶暴な動物がいたりしそうである。夢の知識だと、こう言う森では一番気をつけるべきは熊だったりする。

 あたしの世界の赤毛熊と同じ種類と言うのはわかるが、「ツキノワグマ」みたいに普段は大人しいとかは聞かない。

 お父さん曰く、赤毛熊は肉食の動物で、返り血のように真っ赤な赤毛をした熊である。

 火の季節は動植物が活性化するので、そう言う危険動物にも気をつけた方がいいだろう。

 それなりに奥の方まで歩いてきていた。

 獣道も今までの広いものではなく、頼りない細い道になっていて、足場も悪い。

 あたしが履いている靴ではうまく動けなさそうだ。いざという時は魔法、使わないといけないだろうなぁと考えてやっぱりゲンナリする。

 祝福も無いのに魔法が使えると言うのは異常なことであるとお母さんから散々言われているのだ。

 幼少の頃、6歳の頃にはすでに《|点火《トーチ》》の魔法は使えるのだけど、お母さん以外は知らないし、お母さんは内緒にしてくれている。

 と、アルフレッドの足が止まり、考え事をしていたあたしはアルフレッドの背中にぶつかる。


「あいたっ!」

「エリシア、ごめんよ」

「いや、ボンヤリしてたのはこっちだから……」


 あたしはアルフレッドに謝る。


「それじゃあ、アル、ヴィレディ。今日はこの辺りで魔物を倒す訓練をしようか」


 ケリィはそう言うと、獣道から外れた方向を指差す。


「ああ、いつもの湖の近くね」

「そうだ。あの辺りなら行き慣れているし、結構ひらけているから逸れる心配もないしな」


 どうやらいつもの狩場に到着したようだった。

 アルフレッドに引っ張られている間も、ケリィとヴィレディが魔物や野生生物を倒していたので、ここから1人で戻ることはあたしにはできないだろう。

 例の「薄い本」みたいにされても、逃げられないだろう。

 まあ、祝福を受けていない女性への姦淫は、あたしの村では死罪らしいからしないだろうけど。


「それじゃあ湖に向かうよ。エリシア、足元には注意してね」


 ヴィレディに言われるまでもない。木の根や草であまり足元が見えない状態なのだ。


「わかってるわ」


 スカートの裾は絶対汚れてしまうだろうな。

 お母さんにも怒られること請け合いだ。憂鬱な気分になりながら、あたしはアルフレッド達についていくのであった。


 湖に向かう途中で何度か魔物との戦闘になった。ゴブリンや、野生動物である。

 流石に狼とかは出てきていないが、アルフレッドが自信を持つのもわかるほどにはちゃんと戦えていたと思う。

 なぜなら、あたしは怪我一つしていないからだ。

 アルフレッド等は良いところを見せているつもりなのだろうけど、あたしには戦闘を直視することは出来なかった。

 真っ二つにされたゴブリンや首を刎ねられたゴブリン、魔法で真っ黒焦げにされたゴボルトを見て、あたしは吐いてしまったからである。


「うぅ……」


 抑えきれなかったのは、そう言うものからお父さんやお母さんが遠ざけてくれていたからだろう。

 夢の中の人物も、直接こう言った光景を見たことが無かったので、当然ながらあたしにも耐性はない。


「大丈夫か? エリシア」


 ヴィレディがあたしの背中をさすってくれる。


「あんた達、よく平気ね……」

「まあ、慣れてるしな」

「冒険者になるつもりだしな」


 あたしはほとほと感心していた。

 そして、こう言うのには慣れたくないなと改めて思ったのだった。

 食べるために解体するのとは違う、ただの命の奪い合いなんて、あたしには散々だなと改めて思ったのだった。

 もし、あたしが転生者なら勇者にならなくてよかったと感謝するくらいである。

 そんなこんなであたしはアルフレッド達に守られながら、森の湖まで歩いていく。

 道中の魔物を討伐しながらであるが。

 その度にあたしは立ち止まってしまうので、思っていたよりも進行は遅れてしまっていた。


「エリシア、そろそろ慣れたか?」


 ケリィは意地悪そうな表情をしながら狼を叩き斬る。あたしに見せつけるかのように敵を屠るのは嫌がらせだろう。

 キャインと狼が断末魔の鳴き声をあげると同時にブチャっと音がして血が飛び散る。

 ケリィは確かに強いけれども、戦い方は非常に雑であった。

 おかげであたしは脳髄やら内臓が飛び散るのを何度も見る羽目になったし、そのせいで何度も吐いていた。


「慣れるわけないじゃない! 何考えてるのよ! 信じられない!」

「ははは。ま、いずれ慣れるさ」


 軽い感じで笑うケリィにあたしは殺意を覚える。

 ケリィの戦い方はアルフレッドよりも強いことをアピールするかの様な戦い方であった。

 まるであたしに見せつけるかのように戦い、あたしが視線を移すと入り込むように戦いの場所を移動するのだ。

 それをアルフレッドがやるならまだわかる。

 と言っても、アルフレッドはケリィほど楽には戦っていないが。

 しばらく見ていて思ったのは、アルフレッドとヴィレディは連携を取っているが、ケリィは全く取っていない感じがする事だった。

 そして、倒すたびにあたしの方を向いてニヤリと笑うのだ。不快にならない方がおかしい。

 そんな感じで、彼らの戦い方を見せられながらしばらく進むと、開けた場所が見えてくる。

 奥に湖っぽいのが見えるので、目的地だろう。

 あたし達は走っていくと、そこにようやくたどり着いた。

 湖は広く、水は済んでいて綺麗であった。


「うわぁー……」


 あたしは感動で声を上げる。


「すごいだろ?俺たちが見つけたんだぜ!」

「俺たちじゃなくて、俺な。アルフレッドは最近だろうに」


 ケリィがアルフレッドにそう言いながら小突く。

 まあ、でもそんなのは気にならない程には感動していたのは事実である。

 湖の淵は夢で見ていた海岸のように砂浜であり、容易に近づけそうだ。

 よく見てみると、湖のそばで鹿の様な生物……クヌーと言う草食動物が水を飲んでいるのが見える。


「この水飲めるの?」


 あたしが効くと、ケリィはうなづく。


「ああ、飲めるぞ。この湖は村の生活用水に使っている川の源流だしな」


 なるほど、それなら確かに安心して飲めそうだ。早速あたしは水を手で掬ってみる。

 すごく冷たい水で、森で消費した水分を補給したいと体が言っている様だった。

 飲んでみると、とても冷えていて美味しい水だった。

 皮袋の水筒に入っていた水とは大違いである。


「美味しい!」


 それに、先程まで感じていた吐き気もどこかにいく様な感じがした。

 清々しい感じである。

 精神的なダメージが回復した様な、そんな感じである。


「それに、何かとってもスッキリしたわ」

「その湖の水は消費した魔力を回復する効果があるらしいんだ。魔力は精神エネルギーから来ているって言われているからね。エリシアの受けた精神的ダメージを回復したのかもしれないよ」

「そんなこともあるのね。川の水を飲んだ時はそうでもないのにね」


 ヴィレディの解説に、あたしは納得する。

 源流ならば、そこから流れ出る水にも効果ありそうなのになと思う。


「だから、ここを拠点に魔物相手に稽古しているのね」


 合点がいった。

 回復手段があるなら、そこを拠点に“レベリング”をするのは夢の中でよくやっていたRPGでやる手段である。


「さすがエリシアだな。ルビーがいなかったら僕が娶るのに……」

「冗談」

「いや、アルフレッドが先に名乗り上げなかったらみんなエリシアとお付き合いをしたいと思ってるよ?」

「んなアホな」


 あたしはアルフレッド以外に言い寄られたことはない。

 アルフレッドが奇特な人なんだろうなと思っているぐらいだ。

 確かに、あたしはお母さんの血を濃く引き継いでいて金髪でお父さんに唯一似ている濃い紺色の瞳をしている。

 最近は肩こりの原因になっているおっぱいもそれなりにあるし……あれ?

 夢の中の人物からしてもあたしって……。


「あれ、結構可愛くない?」


 湖に写っている美少女はあたしだった。

 なんとまあ。

 そういえば、あたしの家には鏡がないのだ。


「ねえ、アルフレッド。この美人は誰かしら?」

「エリシアだよ。て言うか気づいてなかったのか?」

「あたしの家には鏡がないしね……。鏡があるのはヴィレディの家だけでしょ」


 村の人たちも兄さん達も、夢の中の人物基準で普通の顔をしていたので、てっきりあたしも普通の顔をしていると思っていた。

 そういえばお母さん、かなり美人だったものね。

 シエラも可愛いし。

 あ、それは当たり前だったわね。

 まあ、あたしの容姿はについてはいいのだ。

 夢の中で読んでいた小説で“乙女ゲーム”と言う女の子がやるゲームに出てくるライバル役の悪役令嬢に転生したわけでもないし、アルフレッド以外の男子はあきらめているようだし。


 さて、しばらくアルフレッド達の“良いところ”を見てたわけだけど、危惧していた事は起きず、日も傾いてきた。

 この時間ならシエラはご飯を作り始めているだろうし、あたしもそろそろ帰ったほうがいいだろう。


「ケリィ、そろそろ帰りたいんだけど」

「む、もうそんな時間か。俺たちは泊まるつもりだったんだが、アルフレッド、説明してなかったのか?」

「いやー、ハハハ」

「聞いてないわよ! もう、アルフレッド!」


 苦笑いでごまかすアルフレッドに、あたしは頭を抱えたくなる。

 いやー、ハハハじゃねぇよ。

 何が悲しくてケリィなんかと寝食をともにせねばならないのだ!


「んー、でもまあ、今から行っても森の半ばぐらいで完全に夜になるからな。湖近辺は安全だし、ヴィレディが魔物よけの魔法を使うから、ある程度は安全だ。だが、帰るとなると保証はできないぞ」


 アルフレッド達の実力はちゃんと見ていたし、この辺りに出没する野生動物に関してもちゃんと対応できているので、問題ないだろうけど……。

 両親を確実に心配させてしまうなと、頭が痛くなる。シエラも心配しそうだし。

 一応、出てくるときに「アルフレッドと出かけてくる」とだけは書き置きしているけど……。


「……仕方ないわ。あたしは何もしていなかったし、キャンプの準備ぐらいならするわ」


 と言うわけで、不本意ながらあたしはアルフレッド達と野宿をすることになった。

 村の掟で祝福前の姦淫は女性が男性を拐かしたとして、女性が処刑されてしまう。

 あたしはこんな愚かなことで死にたくはないので、ちゃんと自衛をする必要がある。

 ヴィレディにはルビーがいるけど、ケリィには居ないし、アルフレッドはあたしを狙っているのだ。

 なので、あたしがご飯を作るし、寝床はちゃんと分けるのだ。


「ルビーのより美味しい……!」


 ヴィレディは驚いていた様だが、お世辞として受け取っておく。

 ただのクヌー汁である。

 香辛料はヴィレディが持ってきていたので、クヌーの骨やアラで出汁を取って、食べられそうな野草をサッと煮立たせて、ちゃんと血抜きを行ったクヌーを捌いて焼いて鍋にぶち込んで煮ただけである。


「どういたしまして」


 出汁をとると言う考え方は、カテイカと言う調理実習の記憶から学んだものである。

 冒険者以外で男性が料理をすると言う事はないが、夢の中の世界では男性も料理ができるのが当たり前の世界だったので、そう言う知識があるのだ。

 まあ、コンブなんて海藻は内陸の村では取れないし、カツオブシと言う木屑みたいなものもない。

 あたしが取れる出汁は動物性の骨やアラから取れるものだけである。

 塩はたまにくる行商人の人たちから購入できるが、胡椒は高いので村長の家でしか取り扱っていない。


「気立ても良くて料理もうまいんじゃ、アルだけに任せるのが惜しくなるな」

「さすがエリシア!」


 普通にやってるだけなのに好感度が上がるのは、顔がいいからと言うのが原因だろう。

 まあ、今まで意識してなかったけど、男好きのする顔立ちだなとは思う。

 改めて親に守られてたんだなと感じつつ、祝福が良いものであればと切に願うものである。


 飯盒も終わり、することもないのでアルフレッド達の話を聞いていた。

 内容は、王都の冒険者のお話だったり、勇者様がどうのこうのと言う話である。

 ただ、あたしとしては気になったのが勇者様の名前である。

 夢の中で出てきたクラスメイトの名前が1人も出てきていないどころか、50年前の人魔大戦の時に召喚された勇者様の名前しか出てこないのだ。

 そういえば、異世界召喚後の夢は見ない。

 まあ、あたしの世界にも異世界なんていっぱいあるだろうし、あたしの世界に召喚されたわけじゃないか。

 そのうち夜も更けて来て、だいぶ眠くなる。


「エリシア、明日は早めに帰るからそろそろ寝たほうが良いよ」


 ヴィレディに言われて、もうそんな時間かと思う。

 空をみると月の位置からだいたい夜の9時ぐらいだと推測する。


「ん、そうするわ」

「最初は俺が見張ればいいかな」

「ああ、アル。よろしくな」


 夜の見張りはアルフレッド、ケリィ、ヴィレディの順に行うらしい。

 実際、冒険者の訓練として見張りの練習も兼ねてるそうだが、湖の周りは割と弱めの魔物か、草食動物ぐらいしか寄らないとはケリィの談である。

 まあ、メンバーの中では一番冒険者然としているので、そんなものかとあたしは考えていた。


 さて、この中で素直に寝てしまうのは阿呆のする事だ。

 アルフレッドが夜這いして来たら、ちょっとは考えるけれども、ケリィは絶対レイプしに来るだろう。

 夢の中では長らく男をやっていたのだ。

 ああいうヤンキー系が女に対して考えることなんて、ち◯こで考えてることだけだろう。

 というわけで、ある程度は自衛できるように対策をしておかねばならない。


【其は輝ける光、通り過ぎたものに警告を与えるものなり──《|光雷《スタンピート》》】


 光と音のルーン文字を地面に描き、詠唱を行う。あたしの魔力を通して、ルーン文字が淡く光り、《|光雷《スタンピート》》が地面に設置される。

 《|光雷《スタンピート》》はあたしが考えた、暴漢が近づいて来たとき用の魔法である。

 この魔法を考えついたきっかけは、防犯ベルと言うアイテムである。

 この魔法を仕掛けた位置をまたぐと、物凄い光と音が鳴って不審者が近づいたことを知らせてくれると言う仕組みだ。

 我ながら良い魔法を思いついたものだと思ったものである。

 あとは、《|灯火《トーチ》》と《|回復《ヒール》》、《|稲光《フラッシュバン》》なんかの生活で使える魔法、攻撃系は《|火炎球《ファイアボール》》ぐらいなものである。

 これでもルーン文字は全種類暗記しているので、他の魔法もできそうではあるが、バレてはいけないため他は試していない。

 なんで覚えているのかと言われたら、12歳の頃の夢が原因で全く興味のなかった魔法に興味が湧き、コッソリ本を読んだりして覚えたと言うのが答えである。

 それまでは《|灯火《トーチ》》しか使えなかったはずだ。

 お母さんの真似をして使えるようになった魔法だけれど、お母さんに怒られて以来と言う感じである。ルーン文字を全部覚えきったのはつい最近なのだけども。

 とりあえずは《|光雷《スタンピート》》だけで大丈夫だろう。

 眠りは浅めにしたいけど、あたしが眠りが浅く寝たことはないので、若干不安である。


「……自意識過剰ね」


 不安はあるけど、信用しないのもそれはそれで問題なので、まあ寝るとしよう。

 襲われた時は……覚悟はしておくとしましょ。

 “人事を尽くして天命を待つ”……だったかしら?

 あたしの知らないことわざだけど、心境としてはこのことわざが一番しっくり来るので、そう言う気持ちで警戒をしつつ、あたしは横になったのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?