それは不思議な夢だった。
それは、1人の人間の人生の夢であった。
夢の中の人物の両親の顔も、夢の中の人物を兄貴と慕う弟も、隣の家に住む可愛い少女も自分は知らない。
街の中の様子も、食べている料理も、自分は知らなかった。
ただただ、ひどく懐かしい、できるならもう一度確かめたい気持ちにかられるだけであった。
この夢の中の人物の最後の記憶はこんな感じであった。
カラフルな石で出来た建物、木材とは思えない材質の床、見たこともない着物、黒髪で黒い瞳の男女が集う学校みたいな場所。
そこは確かに学校だったようだ。
貴族の着る礼服──タキシードというものをもっと庶民風にアレンジしたものであるだろう、スーツを着たおじ様が、ブラックボードにチョークで記号を記載していたのだから。
見覚えの無い記号だが、それが文字だということ、ニホン語であること、そして、その意味はすんなりと頭の中で理解できていた。
自分の知らない国の言葉が理解できるというのは、夢の中だとしても不思議な感覚だった。
休み時間に入ったら、男性の黒い詰襟の着物──学ランを着た学生と自分が楽しくおしゃべりをしていた。
当たり前のようでいて、それは不思議な気持ちだった。
なぜなら、自分が接点のない男性と喋るというのはないだろうからである。
夢の中ではさまざまな、自分の常識にはない知識が身についていった。
特に、ブツリ・カガクと言うのは自分は知らないはずなので、とても面白かった。
残念ながら、この夢の当事者は興味がないようではあったが。
そんな楽しい学生生活も、突然終わりを見せる。
神様を名乗る人物が頭の中で話しかけたのだ。
曰く、これから異世界に召喚されると。
曰く、異世界には魔王がいるのだと。
曰く、異世界には勇者が必要なのだと。
夢の中の人物の趣味で、そう言う、自分の知る世界に似たような世界に転移・転生する小説をよく読んでいたので、そう言うことなのだと、夢の中の人物は理解したらしい。
1人の学生が断るが、神様を名乗る人物は、自分ではどうも出来ないこと、だからその代わりに特典をつけると言う。
自分たちにふさわしいスキルを授けると言うと、夢の中の人物のクラスメイト達の体が光りだす。
夢の中の人物も同様で、戸惑っているようであった。
そして、足元に魔法陣、これは自分も知っているが、見たこともないものであった──が展開される。
そこで、夢の中の人物の意識は光へと消えていくのだった。
──ああ、これが、前世の自分の、いや、あたしの記憶だなんて、思っても見なかった!