「マケー」
マケールは途方に暮れていた。自分が苦しむ姿を見てゴハンを食べていた畜生を撃破して喜んたのも最初だけ。これからどうすれば良いのか、マケールにはさっぱり分からなかった。
「マケー!マケー!」
最初に試したのは、元の世界に帰る事だった。自分の居た王国に何とかして帰れないかを試した。だが、マケールが人間の住む世界へ帰る手段は無かった。女神を殺してしまった今、マケールはこの空間から他の場所へ行く手段を永遠に失ってしまったのだ。
「マケッ…マケッ…」
帰る手段も無く、話し相手も居ない。あんな自滅の日々も、あんなクソ女神に笑われる日々でも孤独よりはマシだったとマケールは思い知らせれた。
「マケーッ!マケケーッ!」
何日も何日も泣きじゃくりながら、マケールは帰る手段を探した。こんな事なら、女神を殺す前に色々と聞いておくべきだった。そんな事を思ったが全ては後の祭りだった。
今迄に覚えたチートは何一つ使えなかった。現代日本の知識から脱出のヒントを探そうとしたが無駄だった。床に穴を開けようとして、あらゆる手段を試した。しかし、どれも徒労に終わった。
「マケ」
やがてマケールは死のうと思ったが、それも出来なかった。何日も食事をしていないのに、餓死どころか空腹感も無い。愛刀で首を切っても刀を振り抜いた先から再生していく。
恐らく、大いなる存在がマケールを生かしているのだ。女神が言っていた、女神に指示を出していた存在がマケールを殺さずこの場に留めようとしているのだ。
「マケ、マケ、マケ」
死ねない、出られない、ならばどうする?マケールが辿り着いた答えは『何もしない』だった。
「マケー」
ごろりと床に寝そべり、マケールは目を閉じた。睡眠欲も沸かなかったが、目を閉じ何も考えずひたすらじっとしていると、自然と色々な事を思い出していた。
悪役令嬢と婚約した日、男爵令嬢と出会い浮気した日、卒業パーティで婚約破棄をした日、離宮に監禁された日。
「マケ?」
過去を思い返して、マケールは気付いた。あっちの暮らしも別に幸せじゃ無かったと。
そうだ、常に家族と比べられ優秀な奴らにイジメられて来た日々。何の才能も無いマケールにとって王太子としての人生は何一つ幸せでは無かった。
それに対して、ここはどうだ?ここには自分を叱る奴はどこにも居ない。こっちに居た方がずっと幸せじゃないか。あの女神だって、婚約破棄する王子は不幸な人生だと言っていた。あんな日々に戻る必要なんて無かった。こここそが理想の居場所なんだ。そう結論付けてマケールは目を開けた。彼の心には悲しみはもう無かった。
「マ〜ケ〜」
ここが楽園と結論付けたマケールだったが、またしても問題にぶち当たった。暇なのだ。元の世界よりマシと思い込もうが孤独は変わらない。
ここを出ようという気は最早無い。だが、退屈は何とかしたい。そう思った時、女神が死んでからうんともすんとも反応を示さなかったモニターに光が灯った。
「マケ…?」
今更卒業パーティの映像を見せられてもとは思ったが、他に暇を潰せるものも無いのでモニターの映像を確認する。
「マケケ?」
そこに映されていたのは、卒業パーティでは無かった。勇者パーティだった。勇者パーティの荷物持ちが難関ダンジョンで追放されている映像だった。
「マケー、マケ」
チートは失われたが、現代日本の知識は残っていたマケールは、それが追放勇者テンプレと呼ばれるものであると気付く。
理不尽な理由で虐げられたり追放されたりした荷物持ちが、真の仲間と共に成り上がり、元パーティにざまぁするというパターンだ。
「マケ!マケ!マケ!」
モニターから流れる映像は、マケールにとって唯一にして最高の娯楽となった。ざまぁ展開を楽しむなんて人としてどうかとも思ったが、ここには自分を見ている人も居ないので、マケールは次第にそんな事は気にしなくなっていた。
ふと、マケールはあの女神の事を思い出した。女神はモニターを見ながらラーメンのドンブリで白米を食べていた。食欲は無くなり、もう何十年も固形物を口にしていないマケールだったが、あの女神の食いっぷりを思い出した途端、自分もメシウマしながらメシを食ってみたいと思った。そんな事を考えていたら、目の前に電気ケトルとカップ焼きそばが出現した。
「マケー!」
マケールは、喜んでカップ焼きそばに飛びついた。女神の上司がマケールの為に用意してくれたのだという事は直ぐに分かった。それ以上の事は分からなかったが、マケールは迷わずカップ焼きそばを作り、モニターを見ながら一気にすすった。
「マケェ!」
空腹という感情などとっくに忘れていたマケールだったが、焼きそばを一口食した瞬間、今まで味わった事の無い快感が身体を貫いた。
「マケッ、マケッ!」
あまりの美味しさに箸が止まらず、カップ焼きそばをすすり続ける。一箱分のカップ焼きそばは瞬く間に空になり、そうすると、今度はジャンボサイズのカップ焼きそばが出現した。
「マケー!」
当然ジャンボサイズも口の中へ放り込み、完食する。直後、今度はギズサイスが現れた。
「マケケケケケケー!」
最早、この状況を怪しむという感情はマケールには無かった。次々と現れる、どんどんでかくなっていくカップ焼きそばを、何も考えず延々と食べ続けていた。
「マケ、マケ、まけ…うめっ」
カップ焼きそばを食べる内にマケールの見た目も徐々に変化していった。髪の毛は延び、胸が膨らみ、身体全体が巨大化していった。
「うめっ、うめっ、うめっ」
最終的には、カップ焼きそばのサイズは冷蔵庫ぐらいにまで巨大化し、マケールはそのカップ焼きそばの容器を片手で持てるぐらいの巨大な女へと変貌していた。
こうして、新たな管理者が誕生し、世界はまた廻るのだった。
めでたしめでたし。