芝生が広がる公園には風が吹いていた。今年は桜が咲く頃に雪は降っていない。例年以上に暖かくて、夏日に近いくらい。桜も早く咲き誇っている。
緑色のエプロンを靡かせて、あたたかい風があたる。今日は各地で桜祭りが開催されている。職場の店舗から車で約1時間かかるところに店自慢の桜餅ちと3色団子、洋菓子の三日月サイズのバウムクーヘンをボックスに積み重ねて、軽のワゴン車を運転してやってきた。想像以上のお客さんの出にびっくりしていた。
キッチンカーの数も多く、焼き鳥や鶏唐揚げ、ピザ、米粉クレープ、レインボーカキ氷などたくさんあった。
雪は、パラソルを立てて、長机を広げた。早朝に調理してもらった商品パックを丁寧に積み重ねていく。レジの代わりのタブレットと仕事用スマホを商品の横に置いた。青色のカルトンとお札が飛ばないように透明なオモシも準備する。
「おはようございます。和菓子やさんですか?」
隣に止まっていたキッチンカーの小窓から店員さんが声をかけてきた。
「あ、おはようございます。そうなんです。和菓子屋です。
桜見ながら、ぜひ3色だんごいかがですか?」
「良いですね。美味しそう」
気になったようで、店員さんが車から降りてきた。手には長財布を持っている。おしゃれな水色のエプロンにふわふわの金髪な髪が揺れていた。
「お団子パック1つお願いします」
お団子パックを指差した。
「あ、ありがとうございます。350円です。」
「あ、ちょうどありました」
「よかったです。350円ちょうどお預かりします。そちらのお店は唐揚げですか?」
「はい。召し上がりますか? 台湾唐揚げのダージパイです」
「すごい大きいサイズですね。小さめありますか?」
雪はキッチンカーのメニューを見に移動した。
「小さいサイズもありますよ」
「このサイズなら大丈夫そうです。1つ良いですか?」
「お近づきにお安くしますよ。700円ですけど、500円でいいですよ」
「いやいや、定価でいいですから」
「そんな、遠慮なく。ワンコインで」
「それじゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます」
雪は、500円を渡して小さな出来立てのダージパイを女性店員から受け取った。
「ありがとうございました。桜祭り、お互いがんばりましょうね」
「はい、隣でよろしくお願いします」
雪は同じお店仲間ができて嬉しかった。販売の商品はたくさんあっても売り子は1人。お客さんがいないと寂しいものだ。さらにお店の商品を整えながら、公園全体を見渡した。風が吹くたびに、桜の花びらがあちこちに舞い散っていく。空中に浮かぶ花びらを取ろうとしたら、地面にふわふわと落ちていく。
ふと、しゃがんだ体を起こすと、奥の方の公園の中で1番大きな桜の木に1人の女性がスマホを上の方に向けて写真を撮っていた。サラサラと木々が揺れて、桜の花びらが次から次へと落ちていく。雪は、目を細めて見るとどこかで見たことある女性なんじゃないかと思った。今はなぜかお店のことを考えられずに商品の棚をそのままに体が無意識に動いてしまう。そっとその女性に近づこうとしたが、声をかけるのをためらった。
今更、声をかけたところでこれからどんな関係を自分は築こうとするのだろうかと過去を振り返ると反省することが多い。
伸ばした手を引っ込めて、手を太ももに下ろした。また花びらが目の前に落ちてくる。
(今の俺には、声をかける資格なんてない)
前髪をおろして、目を隠した。振り返って、和菓子商品売り場に戻った。お客さんが集まってきていて、隣のキッチンカーの店員さんが代わりに対応してくれていた。
「あ、すいません!」
その大きな雪の声に桜の木の下で写真を撮っていた女性が雪の方に体を向けた。5組のお客さんをさばいていくと、桜の写真を撮っていた女性が雪の前に現れた。
「その桜餅1つください」
透き通った声で茶色のセミロングの髪が靡く。思い出すたくさんの彼女との出来事。ずっと顔を見つめて、手が止まった。雪の顔が緩む。
「桜さんが桜餅をお買い上げですね」
綾瀬 桜は冗談を言われて、笑わずにはいられなかった。雪は、パックに入った桜餅をビニール袋に入れて、そっと手渡した。
しばらく会わなかった時間でお互いにリセットされた気がした。さっきまでの躊躇していた気持ちがさっぱり消えていた。これから新たな2人の物語が始まりそうな予感がした。上から桜の花びらがゆらゆらと揺れて、雪の白い手のひらに落ちた。
【 完 】