始業のチャイムが鳴る。雪は、バックから今日の授業分の教科書を取り出して、机の中に入れた。英語の宿題やってきたかと再チェックしてほっと一息。筆箱のファスナーが半分開いていたのを、丁寧に閉めた。ふと顔を上げると、前の席の方に座る桜と目が合った。手を振っていたため、そっと振り返すと笑顔が満タンだった。
頬を少し赤くさせた。ニヤニヤとしてしまう。首を振って気持ちを切り替えた。
無意識に横を向くと、いつも座ってる人がいなかった。
欠席することは珍しいはずの亮輔がいない。皆勤賞狙うんだと叫んでいた。
接点がめっきり減ったせいか。いじめていないけど、いじめだと勘違いさせたか。担任の五十嵐先生が、亮輔の席を見て
「珍しいなあ。連絡も来てないし。後で電話して確認してみるわ。というわけで、今日も一日中張り切っていこう」
出席の確認をして出席簿を閉じた。ホームルームを終えて、先生は職員室へ戻っていく。雪は胸騒ぎがした。この感じはちょっと違う。風邪とかの休みじゃない気がする。机の中の教科書をバックに入れ直した。雪は、教室から出ようとする。
「雪、どうしたの? 今から授業始まるよ」
「……今、猛烈に腹痛くて早退しようと思ってさ」
さっきまでピンピンしていた体を、弱々しいおじいちゃんのようにして、屈んでみせた。
「そうなんだ。大丈夫?」
大丈夫だとわかっていても、桜は心配そうな含みのある言葉を言った。バックを背負い直して、歩き出した。パタパタと後ろ向きで手を振った。
「雪……、亮輔くんにお大事にって言っておいて」
完全に桜にはバレていた。自分が具合悪くしてるんじゃない。亮輔が気になって休むことが桜には完全にお見通しだ。立ち止まって、後ろを振り向いた。
「桜、今度は最後までするから」
「は? なんで?」
「いいから、さらりと受け流してよ」
「受け流せる内容? 亮輔くんが心配じゃないの?」
「はいはいはい。わかりました」
親子のような会話になった。ため息をついて、雪が立ち去るのを見送った。亮輔の席だけぽっかりと穴が開いたように寂しそうだった。雪は職員室に顔を出して改めて、早退することを伝えた。これから授業が始まるというのに、抜け出す自分はすごいことをしているなとドキドキした。この行動は雪が中学の時、亮輔がやっていた。今度は自分がやる番だと気合が入る。冷たい風が吹きすさぶ。反抗期なのだろうか。
校舎の上のカザミドリは風が吹いても意地でも動かなかった。