桜が泣いているのをぎゅっと抱きしめた雪は、両手指でそっと桜の涙を拭った。優しくそっと触れて、桜は嬉しくて、目をまたつぶった。
ふと小鳥が飛んできたようにちょんっと唇に何かが触れた。
目を開けると何もしてないよというような素知らぬ顔の雪がいた。
「???」
おかしいなと不思議に思う。さっきまで泣いていたのが嘘のよう。また目をつぶると、雪の顔が近づいた気配がした。
鬼ごっこするようにガチっと雪の体を捕まえた。確実に雪が桜の唇を奪っていた。目を大きくして、びっくりする桜。
「ちょ、ちょっと!!」
何も言わせないよというふうに言うように何度も唇を重ねた。
桜は何も言えなくなる。もう何かを言うのを諦めて、ずっと目をつぶって、雪に任せた。お好きにどうぞと言わんばかりの表情だ。
「……ちょっとそれは嫌だなあ」
「え???」
その見開いた瞬間にまた雪はキスをした。今度は両肩をしっかりとおさえて上唇をアムっと唇で挟んだ。っと思えば、洗濯バサミのようにパクッと上下の唇をはさむ。熱を帯びて、夢中になって唇を重ねた。桜はそれだけでくたぁーと立っていられなくなった。力が抜けた。頬も耳も真っ赤になる。
「もう、無理」
「え?! まだ何も始まってないし!!」
「えーー?? これ以上、どうしようっていうのよ」
「……え、焼いて蒸してお空の雲に」
「ん?どういうこと?」
「気持ちがね、最高潮ってことだよ」
「うーん」
雪は,桜の腰に手をまわして、お腹あたりに手を触れた。1階の玄関ドアが開く音が響いた。誰かが帰ってきた。雪は、ヒヤヒヤして、部屋のドアから階段下をそっと覗いた。
(なに?! これからが良いところなのに誰だよ、帰ってきたのは?!)
「ただいまぁ〜」
妹の亜弥だった。雪はイライラが増す。タイミング悪すぎると怒りをあらわにする。桜は、なぜかほっとする。これから何をされるのか想像ができなかったためだ。
「桜、妹の亜弥帰ってきたみたいだ。続きは別な時でいい?」
「つ、続きってなによ」
「えーー、わかるでしょう〜」
「な、何のことでしょうか」
恥ずかしそうに答える桜。
「……まぁ、いいや。そろそろ暗くなってきたから
駅まで送るよ。恥ずかしいっしょ。妹と一緒にいるの」
「べ,別に。私は平気だけど」
「……へぇ、そうなんだ。度胸あるっていうか、肝据わっているっていうか。んじゃ、やる?」
「だから!! 何を?」
「……もうノリ悪いなぁ。まぁ、いいや。そろそろ行こう。俺が持たないから。妹の前で桜と一緒にいるの」
桜はよくわからないまま、雪の部屋を後にした。最後になんでお腹をそっと触られたのか気になった。桜は、腹筋で鍛えた方がいいのかなと考えていた。カラスが電線の上でカァカァと鳴いていた。真っ暗になった住宅地前の道路に懐中電灯をあてて、2人並んで歩いた。
何も話さなくてもこの時間が止まってほしいと願ってしまう。