教室の中、ノートにペンが走る音が響く。日本史の授業。黒板には先生がどんどん書いていく。
慶長8
雪はそんなに長く続くのかと驚いていた。シャープペンとくるくると指で回す。気持ちはとても落ち着いていた。望んでいた桜と付き合っている。菊地雄哉との絡みも特にいじめてくるということもない。
でも、気になることがあった。何かを得るということは何かを犠牲にしなけらばならないんだと感じる。
二兎追うものは一兎も得ずという言葉があるように2つのことを求めることは不可能なのだろう。
雪の場合は、恋愛か友情かを選ばないと行けない時、恋愛を選んでしまった。しかも沼にハマるようにどっぷりと。白か黒かでグレーゾーンにとどまることはできない。
それは亮輔のことだった。
完全に桜と付き合うとなった途端、邪魔しちゃダメだろうと雪を避けるようになった。休み時間や放課後の時間、あんなにべったりといたのが、お酢のようにさっぱりだ。亮輔に声をかけても一方通行で終わる。コミュニケーションは取れてない。キャッチボールは投げて終わり。
何かがおかしい。
「なぁ、亮輔」
「なんだよ」
「どうして、そんなに冷たいんだよ」
「え? こんなにホットな亮ちゃんを冷たいとは心外だな」
「……会話少ないから。俺は不満だ」
「何言ってるんだよ。俺は、お前の彼氏じゃないぞ。彼女、しっかり大事にしろよ」
「そしたら、彼女も彼氏も欲しい」
「何を言うか。それはそれで、問題ありだぞ。俺は、ノーマルだ」
「なぁ、亮輔、カラオケ行かない?」
「悪いな、塾行き始めたんだ」
「な、な、マジか。そんな勉強家でしたっけ」
「なぁにを? 俺だって勉強するぞ」
亮輔は笑いながら、かわす。ポンと雪の肩をたたいて、教室を後にした。避けられているような気がした。何かを得たら、何かを失う。
「雪、どうしたの?」
「うん、別に。なんでもないよ」
「そっか」
桜は雪に話しかけた。眉がハの字になって困った顔になっていた。雪はズボンのポケットに手を入れてトイレに向かった。外では飛行機が低空飛行していた。