カラオケの個室の中。雪は、タッチパネルをぽちぽちとタップして、好きな曲を探した。隣でハンガーにジャケットをかける桜。一緒に来るはずだった亮輔は、2人の邪魔はしないよと帰っていった。なんとなく、心なしか寂しくなる雪は、スマホを見ながら何の曲を聴いていたか確かめる。桜は、カラオケの食事メニューをぼんやりと見つめていた。
「カラオケ、久しぶりだよな。あの時以来だよな」
あの時とは、2人きりで来た時に偶然にも瑞希と菊地に会った日だ。思い出して、桜はぼんと顔が猿のように赤くなる。
「何、赤くなってるの?」
「え、いや、そのぉ……」
「すぐそういう考えするんだから……」
「えー、そういう考えって?」
「あー、この機種、ボーカロイドの曲少ないなぁ。ものによってはSNSで流行ってる曲が入ってるのもあるんだよね」
急に歌の話になる雪に桜はこの気持ちの置き場に困った。
「そ、そうだよね。雪は、ボーカロイド好きなの?」
「うん、少しね。いろんな曲聴くんだけどさ」
「そうなんだ。私はメジャーなものしか聴かないからなぁ」
スマホをいじり始めて、曲の検索をし始めた。
「……じー」
声に出して、雪は、桜の隣に近づいた。スマホで何を見ているか気になった。他に連絡取ってる人いるのかと想像するくらいだ。
「桜って、まめだよな。すぐ、メッセージに返事してくれるから」
「う、うん。なるべくはすぐ返す方。気づかないときもあるよ」
「ううん、全然。それだけで嬉しいって思う。俺、まめにできないけど、受け取るのは良い。本当にありがとう。あ、でもごめん。すぐに返せなくて」
「そう? 一方通行で迷惑かなって思う時あるけど喜んでくれてるなら良かった。でも、確かに返事もらえない時は悲しいかな……」
桜は寂しそうな顔をした。下を向く。横から顔を覗く。雪が至近距離すぎて緊張する。
「会ってる時は大事にするからさ。許してよ。どうしてもまめにできないんだよ」
「え、うん。わかった。そうならば……許す」
雪は桜の顔に近づいた。お互いの鼓動が聞こえるようだ。左手を右頬に触れた。恥ずかしくなって、前髪で目を隠した。
「桜、顔あげて?」
「え?」
ふんわりと柔らかいものが唇にあたる。さっき飲んだメロンソーダの香りがただよう。選曲しないまま流れる映像は、まだ売れていないアイドルが自己紹介している。どんな話をしているかなんて覚えていない。無我夢中だった。2人きりになれる場所なんて少ない。歌うことより寄り添って、お互いの胸の高鳴りを確かめあうことの方が大事な気がした。タイミングよく、カラオケランキング情報とともにオルゴールが流れて、癒された。
このまま時間が止まってしまえば良いのにと思ってしまうほどだ。