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第36話 友情と愛の葛藤

昨日と同じぼんやりとした表情で学校の昇降口、靴箱の扉を開けた。上靴が乱雑に入っていた。昨日の自分は一体どんな気持ちでこの靴箱に入れたんだろうかと思い出す気にもなれない。

昨日は昨日、今日は今日。そんなことはわかっている。

毎日、変化する。天気だって、食べるご飯だって、全部違う。時間割としている内容だって、気まぐれに先生は変えてしまうほどだ。そうはわかっていてもルーティン化できないことだってある。人間、間違う生き物だ。その時の判断ミスで行き場所を失う。今日だって、瑞希と正式に別れることが決まったというか自分で決めたのに。簡単に瑞希に挨拶もなしにスルーされた。目を一瞬だけあったというのに、大人げない対応。


わかっている。それはわかっている。赤の他人。人間は瑞希だけじゃないって知ってるけどこんなに落ち込む自分がいるんだ。たかだか、元カノに無視されたくらいでと顔をぐったりとうなだれながら、教室に向かう雪の後ろから、上靴に履き替えた桜が通りかかった。


「雪? 大丈夫? 具合悪いの?」


 そう声をかけられて、まるで桜は天使のようにキラキラして見えた。別れようと切り出したのは自分なのに、と過去の自分を恨んだ。


「……うん、大丈夫」

「無理しないで、保健室行ったら?」


 背中に手を添えて、話し続けてくれる桜はなんでこんなに優しくしてくれるんだろうと別世界に来たようだ。そこへ亮輔も通りかかる。


「雪、どうした?」

「ちょっとね、傷心していたところ。」

「ん?」


 目の下にクマを今日もつけていた。雪はその場に体が崩れていった。亮輔が何度も雪の名前を呼ぶ声が遠ざかっていく。ここはどこだろう。真っ白いシーツにベッド。白いカーテンが覆っている。保健室の窓近くにはチュンチュンとスズメが鳴いていた。目を開けた。寝返りを打った。


 (俺って弱い生き物だ)


 体を起こそうとすると、横に桜がスースー寝息を立てて寝ていた。パイプいすに座ったまま、腕の中に顔を埋めている。一緒に寝てるってどんな状況なのか。亮輔は一体どこに。


「失礼します」


 保健の先生は不在のようで、ドアを開けた亮輔がカーテンを開けた。


「雪ー、おーい。生きてるか?」

「あ、亮輔。ちょっと、待って。今、桜、寝てるからしー」

「あー、すまんすまん。今、購買からパン買ってきたから。

 飯食おうぜ」

「え? もうそんな時間?」

「あー、もう午前の授業終わってるぞ。今はランチターイム。

 俺さまがパンを買ってきたってことよ」

「……あー、買ってきてもらって申し訳ないけど、腹減ってないわ……」


 そう言いかけて、雪のお腹が大きな音を立てた。長ーいぐるるるるとする音が面白かった。


「誰がお腹空いてないって?雪くん」

「あ、あー、これはーそのー。スマホの着信音……」

「そんな音あるか!?」

「一緒に食おうぜ。保健室で食べると怒られるから、

 中庭行こう。あと桜、起こして」

「えー、スースー寝てんのにどう起こすんだよ。耳に息吹きかけるとか?」

「ばかじゃねえの。ただ揺さぶればいいだろ」

「いや、セクハラで訴えられるだろ」

「あのな、お前、桜と付き合ってたんだろ。それくらいいいだろ」

「……え?でも、申し訳ないっていうか」

「……んー?何騒いでるの?」


 桜が目をこすりながら、体を起こした。腕を伸ばして、ストレッチした。


「あーよく寝た。あれ、雪。大丈夫? すごいいびきかいて寝てたからついつい私も眠くなっちゃった。昨日、寝れなかったから」

「あー、おそよう!」


 雪が手を振って、元気さをアピールした。


「思ったより元気よさそうだね」

「桜、雪も起きたことだし、お昼買ってきたから一緒に食べようぜ。中庭か、屋上行こう」

「え、あー本当。私、お弁当あるから教室戻ってもいい?」

「ああ、いいぞ」


 桜はいったん教室に戻ることになり、亮輔と雪は、屋上に向かった。念の為、雪は桜に屋上にいることを連絡した。


「雪、瑞希ちゃんとなんかあったのか?」

「……ううん。別に何も」

「お前は嘘つくの下手だよな」

「な?」

「ほら、眉毛がゆがむから」

「亮輔には嘘もつけないのか」

「長年の付き合いですからね。桜も、雪のこと、ずっと心配してたぞ」


 その言葉を聞いて雪は微笑んだ。亮輔はにかっと喜んだ。


「やっぱ、雪は桜のことまだ好きなんだろ? どっちも好きになるって贅沢だなぁ」

「いや、俺は、もう瑞希とは」


 亮輔は屋上の扉を開けた。雪は風を顔に受け止めた。少し冷たい風が頬を打った。 空は青く清々しい色をしていた。


「そっか。雪は、瑞希ちゃん好きじゃないっ思っていたよ」

「え、え、え?! 嘘、そう見えた?」

「ああ、無理して付き合ってる感じしたな」

「そっか。俺、思っていることと違う行動していたのかな」


 自分のことが理解していなかった。本当の自分がわからない。


「でも、一足遅かったな。雪がそんな宙ぶらりんしているから、桜は、もう」

「え?」


 屋上の扉が開いた。


「お待たせ〜。お弁当持ってくる時に飲み物も買ってきた。ラウンジ混んでてさ。2人の分もあるよぉ」


 桜が気を使って、飲みものを買ってきていた。


「さんきゅー」

「あと、これ、雪のね。炭酸ジュース好きだったよね?」


 桜は、亮輔と雪にジュースのペットボトルを渡した。


「あ、ありがとう。おごりでいいの。お金渡すよ」

「大丈夫、元気出してほしいから気にしないで」

「そっか。うん。本当、ありがとう。元気出たかも」

「うん」


 雪に笑顔を見せた。少し頬を赤らめて、ありがたく

 ジュースを飲んだ。


「言ってなかったけどさ、俺ら、付き合うことにしたんよ」

「……!?」


 雪は、飲んでいた炭酸ジュースを吹き出した。


「俺らって?」

「だから、桜と俺。な?」

「あ、うん」


 雪はなんとも言えない顔をした。もし、自分が桜と付き合ったら、菊地と過去と向き合わなくちゃいけなくなる。かと言って、亮輔から桜を奪ってメリットなんてあるか。むしろデメリットしかない。


「あーーー、そうなんだ」


 必死で笑顔で交わそうとする。


「おう、だから一足遅かったなって。でも、雪はその方、安心じゃないかと思ってたよ」

「え、なんで?」

「菊地雄哉とのことあるんだろ? 脅しかけられたんじゃないか?」

「……なんでそれを?」

「直接本人に聞いたよ。雪と桜が付き合わないなら、ちょっかいかけないって条件出されて、 最初、桜を狙ってたんだけど、別な女子に興味持ったみたいで。セーフって感じ」


「は?何、それ。合コンでもしたの?」

「ああ、合コンセッティングすればあいつも満足するかなって話で」

「安心しろ。俺は、桜ももちろん、雪も守るから。あいつはいつ手が出るかわからないからな」


 背中をバシバシと叩いた。


「……」


 自分の思った通りにはことが進まないことに不満を抱く。菊地に関わるとろくなことがない。まだ関わってないだけ救いだろうか。でもこの心の方向はどこに発散したらよいのだろうか。悩みは尽きない。雪はペットボトルの炭酸を一気に

飲み干した。

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