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第35話 心の葛藤 絆の綻び

桜は、瑞希に会うことに抵抗を感じた。挨拶もなしに、部屋の中に駆け上がった。夕飯のことも考えたくない。一緒の空間にいるだけでも虫唾が走る。双子って本当にいやだ。顔も似ているし、身長や体重もだいたい一緒。誕生日も一緒。違うのは性格くらい。鬼門であるのは、好きな人が一緒ってこと。中学時代にも同じことがあった。デジャブかっていうくらい煩わしい。


どこまでも一緒って。それくらいバラバラでいいじゃないかと思う。桜は、制服のまま勉強机に顔を埋めた。手元のLEDライトだけがぼんやりと光っていた。宿題をする気さえ起きない。お腹が空かない。1階リビングでは母が桜がいないとさわぐのが聞こえてくる。本人は聞こえないふりだ。そのまま目を閉じた。


◻︎◻︎◻︎


 好きになる人を制限をかけた方がいいって誰が決めたのだろう。同じ顔の人を好きになるのは良くないとか、別れてから時間を置かないと浮気を疑われるとか、略奪かとかいろんな噂が雪のクラスで広がっていた。


 結局のところ、同じクラスであるにもかかわらず、雪と桜は破局して、隣のクラスの双子の妹の瑞希と付きあうことにした。


顔が似ていれば誰でもいいわけじゃない。たまたま近くにいたのが瑞希だったのだ。菊地のことでいざこざがあるなら、

何も問題はない瑞希との関係の方がスッキリする。自然の流れで心が揺れ動いた。心をずっと同じにすることは難しい。ちょっとの歪みで往々に変化する。人の心というものは衝動的でどうしようもない。


「雪、明日さ。お前のうち行きたいんだけど、暇?」


 亮輔が昼休みに雪に声をかけた。


「悪い、その日は無理だ」


 雪は、桜と別れた後、亮輔との関わりも同時に減ってきていた。


「何だよ、付き合い悪いなあ」

「まぁ、そういうときもあるさ。また誘って」


本音じゃない建前の言葉だとすぐわかった。疲れているのか目の下のクマは毎日あった。睡眠不足になっているらしい。トイレに向かう雪を追いかけようとした亮輔はいくのを諦めた。雪は、廊下で桜と思いがけず鉢合わせする。


「あ、ごめん。避けるね」


2人はよく気が合うようで、右に行けば同じ方へ、左へ行けば向かい合っている。いつになったらすれ違えるのか。雪は、クスッと笑いが出た。


「何回もごめん」


桜は、雪の腕を触れた。まんざらでもない。いやではない。

ほっと安心した。


「大丈夫。俺も邪魔したみたい」


 そうはにかむと、トイレの方へ向かった。


「雪」


 独り言のように声に出していた。


「?」


 雪は、何も言わずに後ろを振り向く。桜は、首を何度も横にふる。静かに立ち去る雪に何も言えなかった。調子が良くなさそうな雪が心配だった。でも、瑞希がいるからと遠慮した。雪は、瑞希と付き合っているから幸せなんだろうなと想像をかきたてるが、現状は違っていた。毎日、同じ通学路を歩いて、帰っていた。隣同士一緒にいるが、一言も話さなくなる雪に瑞希は耐えられなかった。付き合おうかと言われた時から一緒に帰る回数が増えて、桜から雪を奪ったぞという気持ちが強くあったが、元気がない雪は、一緒にいても面白い話をしなければ、

ぼんやりしているだけ。話しかければうんと返事して終わる。

 会話のキャッチボールができていない。瑞希は一緒にいても

不満だらけだった。学校から出て、最寄りの駅についたとき、

さすがに耐えられなかった瑞希が切り出した。


「雪、なんで話さないかわからないけど、もう、終わりにしよう。私、一緒にいても付き合っているって思えない」

「一緒に帰ってても?」


 雪にとっては、一緒に帰るだけで付き合ってるんだと

 勘違いしていた。手をつなぐこともしなければ、お別れのキスもない。言葉を交わすのはバイバイと手をふるくらい。


 突然、雪の心がバリンとガラスのように割れ始めた。もう終わりにすると言う言葉に強烈に反応して、別れたくないと思い始めた。駅の改札口の近く、突然、雪は瑞希をぎゅっと力強く抱きしめた。通行人がたくさんいた中だった。



「別れたくない」


 雪は、小声で言う。


「ううん。無理。一緒にいても楽しくないよ」


 両手で力一杯、瑞希は雪をはねのけた。体が離れたかと思うと雪のバックにつけていたキーホルダーが外れた。床に滑っていく。瑞希は、そのまま改札をすり抜けて、電車に乗った。バックにつけていたのは、ガシャポンで取った猫のキーホルダー。金具の部分が取れていた。ゆっくりと腰をかがめて、猫を拾った。いつか、桜に声をかけられて、猫の話で盛り上がったのを覚えている。どこで図り間違ったか。一体、自分はどうしたいのかわからなくなった。


 桜のことが1番に好きなはずなのに素直に動けない自分が悔しかった。顔が双子で同じでも、心が埋まることはないと改めて感じた。雪にとっては、桜がいちばんに必要な人なのかもしれない。駅のホームで発車のアナウンスが流れる。気持ちが落ち着かず、雪は電車に乗れずにホームのベンチに座った。



 街灯がぼんやりと光っていたが、足元は真っ暗だった。

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