瑞希と一緒に自転車に乗って、駅前の駐輪場にとめた。自然の流れで隣同士、同じ電車、同じ車両に乗った。少し混んでいた車両の中、2人は出入り口付近で向かい合って立った。窓際に瑞希、座席近くに雪が立った。はたから見たら、あれは付き合っているんじゃないかってくらいに密着していた。友達であることは間違いない。恋人かと言われたらそうでもない。友達以上恋人未満。幻想の恋人と言っておこうか。そう、桜を見立てて、瑞希と付き合ってる。思い込んだ。双子だから。視力が落ちたのかもしれない。頭がおかしくなったのかもしれない。
いや、違う。
ただ、過去から逃げたいだけ。でも欲求も満たしたい。
これはダメだってわかっている。頭の片隅で。瑞希と桜は違う。そんな中途半端な想いで人を傷つけるなんて思いもしない。やっぱり今の考え方は間違っているのだろうか。
「ここまででいいよ。今日はありがとう」
結局、雪は、最寄り駅から徒歩15分瑞希の家の前のギリギリまで見送った。あたりも薄暗くて危ないかと紳士な対応で女子を守ったつもりだ。彼女じゃないのに。かんちがいする人もいるはずだ。
「どういたしまして。あ、何かついてる」
瑞希の頭の上に糸屑のような白いものが付いていた。なんだろうと取ってあげた。一瞬、2人は見つめ合った。なんとも思ってないわけない。そういう時間が訪れることもあるのだろう。瑞希は自然に目を閉じた。雪は顔だけ近づけて、瑞希の唇にキスをした。瑞希は、ニコッと笑って、照れながら、何も言わずにバタンと走って、玄関のドアを閉めた。
数十メートル離れたところから、桜は1人で歩いて帰って来ていた。まさかの瑞希と雪が密着しているところを目撃した。ずっと見ていられなくて、その場から逃げ出した。どこに向かうなんて決めてない。とにかく近くに存在するのが嫌になった。また瑞希と好きな人の取り合い。
なんでこんな目に遭わなければならないんだろう。桜は、目からポロポロと涙を流した。姉妹なのに、どうして仲良く過ごすことができないのか。自問自答して悔しがった。家に帰りたくなかった。瑞希は近所の公園のブランコに座って、真っ暗な中、ぼんやりと過ごした。電灯が小さく光っていた。キーキーと高音が響いている。
「う、うわ!?」
亮輔が近くを通り過ぎた。
「え?」
「あれ、綾瀬? なんでここにいんのよ。ん? 桜はどうした?」
ぼんやりと光っていたため、幽霊かと思った。
「私はもう必要ないのかも」
「ははは、ネガティブですね。こっちも」
「え、こっちもって?」
「あー、ごめんごめん。こっちの話。桜と雪は別れるのか。2人の春は終わったのか。確かに花と雪はいつか終わりを告げるもんな」
「そういうこと平気で言える神経がわからない!!」
桜は、目を両手でおさえて泣いた。
「あー、悪い悪い。自然の摂理を言ったまでよ。2人のことじゃなくてね」
「……私、何か悪いこと言っちゃったかな」
「んー、違うと思うけどな。問題は雪もだけど、周りの環境かなと思うよ」
亮輔は桜の隣のブランコに座った。
「環境?」
「そうそう。んじゃさ、桜も一緒にカラオケ行かない? 合コンやろうと思ってて。菊地とかあともう2人女子と男子はもう1人を誘うつもりだけど」
「カラオケか。まぁ、別に聞いててもいいならいいけど」
「うん、大丈夫。もう、雪のことは放っておいてもいいさ。な、新しい別な男のこと考えな」
「そこで俺はとか言わないだね。亮輔くん」
「一応ね、雪との関係は壊したくないから」
「私は亮輔くんいいと思うけど」
「え? 何それ。告白?」
「あ、本気にした?」
「マジか。嘘かよ」
「友達思いなところは好きだよ。雪が羨ましい」
「あーそれはね。雪への愛は中学からだから」
「え、それってまさか」
「違う違う。俺はノーマル。友達として大事にしたいってこと」
桜はふふっと笑った。亮輔は笑った桜を見て安堵した。
「大丈夫そうだな。あとは、連絡するから。気分転換な」
「うん、ありがとう」
桜は、幾分気持ちが落ち着いて、自宅に続く道を歩いた。
亮輔は遠くから手を振って見送った。桜の玄関のドアを開ける手が震えた。