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第34話 幻想の恋人

瑞希と一緒に自転車に乗って、駅前の駐輪場にとめた。自然の流れで隣同士、同じ電車、同じ車両に乗った。少し混んでいた車両の中、2人は出入り口付近で向かい合って立った。窓際に瑞希、座席近くに雪が立った。はたから見たら、あれは付き合っているんじゃないかってくらいに密着していた。友達であることは間違いない。恋人かと言われたらそうでもない。友達以上恋人未満。幻想の恋人と言っておこうか。そう、桜を見立てて、瑞希と付き合ってる。思い込んだ。双子だから。視力が落ちたのかもしれない。頭がおかしくなったのかもしれない。


いや、違う。


ただ、過去から逃げたいだけ。でも欲求も満たしたい。


これはダメだってわかっている。頭の片隅で。瑞希と桜は違う。そんな中途半端な想いで人を傷つけるなんて思いもしない。やっぱり今の考え方は間違っているのだろうか。



「ここまででいいよ。今日はありがとう」


 結局、雪は、最寄り駅から徒歩15分瑞希の家の前のギリギリまで見送った。あたりも薄暗くて危ないかと紳士な対応で女子を守ったつもりだ。彼女じゃないのに。かんちがいする人もいるはずだ。


「どういたしまして。あ、何かついてる」


 瑞希の頭の上に糸屑のような白いものが付いていた。なんだろうと取ってあげた。一瞬、2人は見つめ合った。なんとも思ってないわけない。そういう時間が訪れることもあるのだろう。瑞希は自然に目を閉じた。雪は顔だけ近づけて、瑞希の唇にキスをした。瑞希は、ニコッと笑って、照れながら、何も言わずにバタンと走って、玄関のドアを閉めた。

 数十メートル離れたところから、桜は1人で歩いて帰って来ていた。まさかの瑞希と雪が密着しているところを目撃した。ずっと見ていられなくて、その場から逃げ出した。どこに向かうなんて決めてない。とにかく近くに存在するのが嫌になった。また瑞希と好きな人の取り合い。


 なんでこんな目に遭わなければならないんだろう。桜は、目からポロポロと涙を流した。姉妹なのに、どうして仲良く過ごすことができないのか。自問自答して悔しがった。家に帰りたくなかった。瑞希は近所の公園のブランコに座って、真っ暗な中、ぼんやりと過ごした。電灯が小さく光っていた。キーキーと高音が響いている。


「う、うわ!?」


 亮輔が近くを通り過ぎた。


「え?」

「あれ、綾瀬? なんでここにいんのよ。ん? 桜はどうした?」


 ぼんやりと光っていたため、幽霊かと思った。


「私はもう必要ないのかも」

「ははは、ネガティブですね。こっちも」

「え、こっちもって?」

「あー、ごめんごめん。こっちの話。桜と雪は別れるのか。2人の春は終わったのか。確かに花と雪はいつか終わりを告げるもんな」

「そういうこと平気で言える神経がわからない!!」


 桜は、目を両手でおさえて泣いた。


「あー、悪い悪い。自然の摂理を言ったまでよ。2人のことじゃなくてね」

「……私、何か悪いこと言っちゃったかな」

「んー、違うと思うけどな。問題は雪もだけど、周りの環境かなと思うよ」


 亮輔は桜の隣のブランコに座った。


「環境?」

「そうそう。んじゃさ、桜も一緒にカラオケ行かない? 合コンやろうと思ってて。菊地とかあともう2人女子と男子はもう1人を誘うつもりだけど」

「カラオケか。まぁ、別に聞いててもいいならいいけど」

「うん、大丈夫。もう、雪のことは放っておいてもいいさ。な、新しい別な男のこと考えな」

「そこで俺はとか言わないだね。亮輔くん」

「一応ね、雪との関係は壊したくないから」

「私は亮輔くんいいと思うけど」

「え? 何それ。告白?」

「あ、本気にした?」

「マジか。嘘かよ」

「友達思いなところは好きだよ。雪が羨ましい」

「あーそれはね。雪への愛は中学からだから」

「え、それってまさか」

「違う違う。俺はノーマル。友達として大事にしたいってこと」


 桜はふふっと笑った。亮輔は笑った桜を見て安堵した。


「大丈夫そうだな。あとは、連絡するから。気分転換な」

「うん、ありがとう」


 桜は、幾分気持ちが落ち着いて、自宅に続く道を歩いた。

 亮輔は遠くから手を振って見送った。桜の玄関のドアを開ける手が震えた。


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