ちょっとしたことで目についてネガティブに考えるようになった雪は、朝の電車で1人車両に乗っても近くにいる亮輔も少し離れた桜にも興味を示さなくなる。こちらから声をかけようにも何だか疲れた様子で、肩に触れるのも躊躇する。1人で歩くといろんな真っ黒な闇に覆い被されたようになる。
何を話しかけられても今は応答できないんだろう。原因は菊地雄哉からの中学のいじめなんだろう。過去に戻るわけじゃないのになぜだか落ち込んでいく。せっかく、桜と付き合うことになったのに全然楽しくなくなった。別れることを恐れていたのに、桜が菊地と笑顔で会話しているのに見るだけで
自分は必要ないんじゃないかさえ感じてしまう。
桜はそんなこと一言も思っていないのに被害妄想が激しかったのだ。
雪と亮輔、桜の3人で気分転換に屋上でお昼を食べようということになった。
やっと、ゆっくり雪の顔を見れるなと安心した桜は、パンを頬張る雪の隣に座る。桜が隣に来たことを察した雪は、屋上のフェンスの淵に手を置いた。そこにいると危ないなと思った桜は、声をかけようとした。
「桜、ごめん。俺、一緒に付き合うの、もう無理かも」
後ろ向きのまま話す雪に桜は息をのんだ。フェンスの横で聞いていた亮輔はその言葉を信じられなかった。
「え……。そうなの」
桜は、声が震えて、涙が出そうになった。雪の目の下にはクマができていた。昨夜は一睡もしていない。雪の肩に手を覆い被せて小声で亮輔は聞く。
「雪、なんで桜にそんな事言うんだよ。お前ら普通にラブラブだったろ?」
「亮輔には関係ない!」
左手で振り払ってよけた。心配されたくなかった。
また菊地雄哉との関係があることを。
「おい、俺に関係ない話ってなんだよ。水くさいな」
「……ごめんなさい。現実、まだ受け入れられないかも」
そう言って、口元をおさえて桜は階段を降りて行った。
「雪、いいのかよ。それで。好きだったんじゃないのか。桜ちゃん。かわいそう」
「お前に何がわかるんだよ!?」
イライラがとまらない。菊地雄哉に脅されてるって言えない。
筋肉は強くなってもまだ心は弱い。
「おうおう、イライラしてるな。俺と喧嘩するのか」
「……喧嘩する価値もない」
雪は思ってもないことを亮輔に吐き捨てて、屋上を降りて行った。亮輔は、ベンチに座って、天をあおいだ。
「まったく。またかよ。鬱症状出てるんですかね。あれは、何かあったな。菊地のせいか……」
女房みたいに中学からそばに着いていた亮輔はだいたい雪の考えていることがわかる。精神的に不安定になる様子も知っていた。でも、本人はわかってないと思っている。気持ちの不一致が生じていた。
「また俺がひと肌脱がないといけませんかね……」
大きな独り言を言った。周りには誰もいなかったが、屋上の端っこに大きなカラスが一羽が亮輔を見て、カァ!と大きく鳴いた。
「なんだ? お前も喧嘩か?」
シャドーボクシングをしてみせる亮輔を見て、カラスは全然興味を示さない。 カザミドリが急に激しく揺れ始めた。