部活を終えて、先に桜が自動販売機がある昇降口近くのラウンジで、足をぶらんぶらんしながら、ベンチに座って待っていた。時間は午後5時。町内放送の鐘の音が響いていた。待っている時間が何だか嬉しくて、早く来ないかなと自動販売機をジロジロと眺めた。今日は、クラリネットがいつもより
上手く吹けた気がする。鼻歌を歌いながら、スマホを見た。
『もうすぐ行くから』
ラインが来てることで安心した。数分後、走ってきた雪が見えた。初めて会う訳じゃないのに、心臓の音が大きくなるのがわかる。それは、雪自身も同じだった。待っててくれる人がいるだけで、こんなに心臓が早くなるなんて思ってもなかった。
部活で走っているときよりも早いかもしれない。
「ごめん、待った?」
「ううん。全然、大丈夫。これ見てたから」
「ん? 自販機?」
「そう、新作の飲み物ってなんだろうって。今、ゼリー状のジュースとかあるんだよね。振って飲むの」
桜は、ゼリー状ぶどうジュースを指差して言った。雪は、ジュースのパッケージを見て、珍しいそうに何も言わずに小銭を
入れ始めた。
「え、ごめん。別に買ってって言ったわけじゃないよ」
桜は、雪の腕をおさえたが、すでに2本の缶ジュースを買っていた。
「俺が飲みたかったから。桜も飲むでしょう」
「あー、ごめん。ありがとう。結局買ってもらってる。待って、今、お金出すから」
バックから財布を取ろうとする。
「いいよ、おごらせて。わざわざ徴収しないよ。はい、しっかり振って飲んで」
雪は、桜の手にジュースを手渡した。
「う、うん。大事に飲むね」
「飲んでから行こうか。座ろう」
雪は、桜をベンチに誘導して、隣同士、シャカシャカと缶を振って、プルタブを開けた。まるで楽器演奏のように響いた。何だか、嬉しかった。一口飲んでみる。
「うん、美味しい。飲みやすい。ゼリーっていうけど、
振ったから砕かれたって感じ」
「そうだね。ぶどうの味する。美味しい」
2人は仲睦まじいそうにジュースを飲み終えると缶専用のゴミ箱に移動し、雪が代わりに入れてあげた。女性に優しい紳士のようで桜はちょっと嬉しかった。
「んじゃ、行こう。結構、外暗くなってきたから。駅まで歩き?」
「うん。そうだよね。行こう」
「はい」
雪は後ろ向きに左手を差し出した。桜はよくわからずにハイタッチするようにパチンとたたいた。
「桜、そういう意味じゃないって。ほら」
手を繋ごうという言葉がなかった桜は 疑問符を浮かべて、おどけてみせた。雪は、桜の手を自分から握った。桜は、頬を赤らめる。
「で、でも、まだ外靴履いてないから、靴履いてからでもいい?」
昇降口前の靴箱を指さした。
「あ、ああ。そうだよね」
パッと残念そうに手を外した。靴をトントントンと履くと、
かがんで、桜の様子を伺った。誰もいない昇降口。人けのない空間。今だと思った雪は、ふいに桜の腕をひっぱった。
「え、あ、待ってよ。今、靴途中……」
口で口を封じられた。壁ドンならぬ、靴箱にドン。
「だってさ。目立たないところってここくらいしかないから。
ん?大丈夫?」
不意打ちの行為にぺたんと腰が抜けて立てなくなった。
桜は、頬を真っ赤にした。
(これ、毎回されたら、心臓いくつあっても足りないよぉ)
頬を両手でおさえた。歯をにかっと見せた雪は、
桜の体を起こした。
「電車、乗り遅れちゃうよ? 本数少ないんだから」
いじわるな顔をする雪。誰のせいだかと少し怒った顔をさせた。
「頬腫れてるよ?大丈夫?」
「元からです!行くよー」
先導切ったのは桜の方だった。恥ずかしそうに手を繋ぐのはやめて、横にぺったりと隣同士になって歩いた。電灯が光り始めた通学路。暗くても心は満たされていた。犬を散歩するおばさん、仕事帰りのスーツを着たサラリーマンのおじさんも、目には入らなかった。隣にいるだけでどうってことない話をして帰った。 猫の品種を全部言えるかクイズが楽しかった。ずっとこの時間が長く続けばいいのにと感じた2人だった。