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第19話 ワイヤレスイヤホン

カーテンの隙間から太陽の光が覗いていた。目覚まし時計よりも早く目が覚めた。手のひらを天井に向けて、光をよけた。眩しかった。うつ伏せになって体を起こした。昨日のことがまだドキドキしていた。


連絡先を交換したというのは、付き合うまでは言ってないけれどその後はどうしようと桜は、パジャマの上から心臓がある胸に手をあてた。いつもより動悸がする気がする。これは病気か。いや、違う。恋煩い。分かってはいるけど、何だか落ち着かない。早くどうにかしたい。ふとんを頭からかぶって隠れた。


「桜!! 遅刻するよ!!」


瑞希が、部屋のノックもしないままドアを開けて、大きな声を出した。もこもことふとんが膨らんでいるのが見える。その横にある勉強机には大事そうに雪と半分こで分けたワイヤレスイヤホンの片方が置いてあった。瑞希はよからぬことを考えた。桜ばっかりずるい。隣のクラスじゃ太刀打ちできない。同じ顔、ほぼ同じ人種で比べたら、近い人に決まってる。悔しさから、モゾモゾとふとんの中で動いてる桜をよそに見つからないようにワイヤレスイヤホンを奪った。



「あれー、瑞希、ノックしないで部屋入ったでしょう!?」

「え、ノック? そんなのしなくてもいいでしょう。起こしに来てるんだから。ほら、朝ごはんも準備できてるってお母さん、今日、早番だからもういないよ」


「え、うそ。マジで?! 三者面談のプリントの日程返事

 まだ貰ってなかったのに。聞くの忘れてた!」

「桜、まだ出してなかったの? 私はもう出したよ」

「嘘、いつにしたの?」

「教えてあげないよぉ。んじゃ、先に行くね」


  瑞希は、黙って、ワイヤレスイヤホンを自分の制服のポケットに入れた。


「え、待って。私も行く。うわ!」


 慌てて、行こうとする桜はベッドから転げ落ちた。背中をぶつけた。


「イタタタ。もう、瑞希はいじわるだな。……あれ、ここに置いてたイヤホンどこに行ったんだろう」


 桜は、焦った。大事な漆島雪のイヤホンを無くしたら、どんな顔をさせてしまうんだろう。机の真下、横、ノートの下、バックの中。ベッドの上。いろんなところを探してもどこにも見つからない。 冷や汗をかく。スマホの時計を見ると、余裕がないのがわかる。


「やばい。電車に乗り遅れる!!」


 桜はクローゼットにかけておいた制服に急いで着替えて、

 バックの中を整えた。


「あー、もう、どこいったんだろう。大事なものなのに!!」


 部屋のドアがバタンと閉じた。洗面所で髪を整えていた瑞希は、桜の大事なイヤホンをマジマジと見た。どうやって、代わりに漆島に返そう。漆島に接触する絶好のチャンス。これを逃したら、桜に彼女の座は持っていかれそうだ。ぎゅっと握り直して、またポケットに入れる。そこへ、桜がやってきた。


「もう、髪終わった。次、私にブラシ貸して。間ないから」

「時間ないのは同じだよ。はい、どうぞ」


 なぜかイライラモードの瑞希。


「え、なんでそんなに怒ってるの?」

「別に」


 双子で同じ顔。同じ髪型。同じメイク。どこをどう判別するのか。そろそろ、鏡みたいになるのは嫌だなと感じる瑞希だ。

毛先をいじって、美容院の予約をしようかと考えた。


「本当、同じ顔になるから、髪型変えてよね」

「え、分かったよ。私は結んでいくから」


 桜はポニーテールをして、お気に入りの髪飾りをつけた。そこは長女である桜が妥協して決める。本当は結ばない方が楽だからいいのにと感じていた。桜の頭の中はそれより、漆島に借りたイヤホンが見つからないことが気になって仕方なかった。



 ◻︎◻︎◻︎



 雪は、電車の座席に座って、バックの中を漁った。昨日使っていたワイヤレスイヤホンが片方しかない。


(ああ、そうか。桜と一緒に分けて使って音楽聴いてたんだっけ。なんか、イヤホンのことまで考えられなかったな。)


 少し頬を赤らめて、イヤホンのケースの蓋をしめた。音楽を聴くことを諦めて、スマホの電子書籍の漫画をスワイプして見始めた。三国志のモチーフの漫画が今、ブームになっていた。


「雪、今日の放課後、カラオケ行かない?」


 吊り革に手をかけて、上から声をかけるのは亮輔だった。


「え? 今日? あぁ、金曜日だもんな。別にいいよ」

「2人だけじゃさぁ、味気ないから誰か誘わない?」

「そういうけどさぁ、お前、あてあるの?」

「女子と話す機会が少ない俺に聞くの?」

「えー、俺に任せるの?」

「だってー、俺、女友達少ないんだよ?雪様は、たくさんいらっしゃるじゃないの」

「俺にいると思うのか。カラオケに誘えるやつ。」


 電車の中でカラオケの話をしていると、少し離れたところから瑞希が近づいてきて、何も言わずに吊り革をつかむ。


「ん?」


と雪。


「へ?」


と亮輔。


「カラオケ、いつ行くって?」


 突然、絡んでくる瑞希にどきどきする2人。


「え、えっと…いつだっけ。雪」

「え、だって、さっき、お前から誘ってきたんだろ」

「う、うんまぁ。そうだけど」

「だから、いつ行くの? 私も行っていい?」


 瑞希は唐突に聞く。そんなに仲良くもないのにガツガツいく瑞希だった。


「なぁ、どうすんの?亮輔」

「え、行っていいの?」

「うん!行きたいから。漆島くんと!」


 瑞希は、雪を指さしてニコニコと笑う。


「瑞希、人を指さしちゃだめ。ごめんね」


 そこに桜が注意した。いくら人差し指というからと指をさしてはいけないとよく言われている。雪と絡めることが嬉しいのだろう。瑞希は大胆だった。桜は、そんな瑞希に嫉妬する。


「ごめんね、突然すぎるよね。嫌なら、嫌って言ってくれてもいいからね」

「俺らは、別に大丈夫よ。気にすんなよ、綾瀬」


 亮輔が言う。


「そ、そう? 大丈夫ならいいけど」

「せっかくだから、桜も一緒に行こうよ」


 瑞希が発言する。願ったり叶ったりの雪は、少し笑顔を見せていた。


「もし、都合が合えば、一緒にどう?」


 雪は、桜に問う。


「行きたいけど、部活があるから」

「部活の後でいいんだよ」

「演奏会近いから22時まで練習なんだ」

「……そっか。それは残念」

「ごめんね、誘ってくれたのに」

「ううん。また誘うから。休みの日でもいいし。な、亮輔。」

「あ、ああ。そうだな」

「そしたら、今日3人って言うのもなあ、妹さん、誰か友達誘えない?」

「私は、瑞希! みっちゃんでもいいよ。そうだなぁ、いいよ、友達連れて行くから」


 スマホを取り出して、仲が良い友達にラインを送った。カラオケの話で盛り上がる3人の輪に抜けて、電車の窓の外を見て、どこか寂しそうな顔をする桜。その様子を見逃さなかった雪が、駅についてすぐ、肩を軽くポンとたたく。


「絶対、また誘うから。そんな、寂しそうな顔しないでよ」

「え?別に、そんなんじゃないよ。あ、そういえば、漆島くん」

「あ、あ! 待って」


 ホームに出る3人に追いかける瑞希。雪の手を持ち上げて、あるものを渡した。ぎゅっと手の中にいれて、包み込んだ。


「はい、これ。漆島くんのでしょう」


 瑞希は、さりげなく、雪と手をつないでいる。桜は、一度も手に触れたことがない。先を越された気がした。何を渡してるんだろうと手の中が気になった。


「あ、待って。手ひらは、教室着くまで開かないでね」

「え、なんで?」

「いいから。大事なものだから」


 結局、すぐには手のひらの中身を知ることはできなかった。前に雪と瑞希、後ろに亮輔と桜の並びで、学校までの道のりを歩いた。何だか、複雑な心境だった。雪の隣は自分自身だと思っていた桜は、バックのとってをぎゅっとつかんだ。


「綾瀬、残念だったな。カラオケ、行けなくて。部活、忙しいんだな、今」


 亮輔が話しかけた。


「え、そう。演奏会が近づくと部員全員でそろえて演奏して完成しないといけないからね。吹奏楽部は大変だよ。でも、好きでやってるから楽しいよ」

「そっか。楽しいならいいな」

「亮輔くんは部活なんだっけ」

「俺は、情報処理部。といいつつ、帰宅部な。アルバイトがメインだけどな」

「バイトしてるんだ。えらいね。 どこのバイト?」

「コンビニだよ。それこそ、22時まで働いてる。でも今日は休みだったからさ、息抜きしたくてね」


 なんでもない話で亮輔と桜は盛り上がっている。チラチラと後ろを振り返り、気になる雪は、瑞希との会話が続かなかった。


「ねぇ、漆島くんって何が好きなの?」

「え、猫」

「へぇ……。ねぇ、さっきから後ろ振り返ってるけど、そんなに私に興味ないの?」

「え?」

「漆島くんって、桜のこと好きなの?」

「は?んなわけないっしょ」


 恥ずかしすぎて、本当のことが言えなかった。頬が赤くなっていくのがわかる。


「嘘つくの下手だなぁ」

「……」

「私は、桜と同じ顔だよ?」

「双子で顔は同じでもそれぞれ違うよ」


 雪はズバッと言った。瑞希は今までそんなこと言われたことがなかった。本物の人だとなおさら雪のことが気になった。瑞希は、ニヤニヤとしながら、そのまま何も言わずに昇降口に入っていく。直接話すことはなかったが、学校までの道のりがもっと長ければいいのになぁと近くに桜がいるだけでそう思う雪だった。


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