放課後のチャイムになった。日直だった雪は、日誌を書いていた。今日の天気や時間割を記入する欄があった。雪の前の席に日誌をのぞきながら座る亮輔。カーテンが風に吹かれていた。
窓のカギ閉めをし忘れていた。慌てて、窓を閉めた。
「ったく、今日は本当いろいろあって疲れたわ」
「マジか。石川亜香里か?」
「そう、それと金城深月も」
「おやおや、モテるじゃないの。女子に囲まれて。俺なんて、女子から話しかけられないわ。うらやま~」
ふと校庭の方から吹奏楽部の練習する音が聞こえた。
「あれ、練習してるのね。吹奏楽部」
「あー、そうみたいだな。俺も、部活行かないとだな。早く日誌書かないと!」
亮輔は、窓から外の様子を覗いた。桜が校庭でクラリネットを吹いている姿が見えた。
「あら? あれはあの子ですなぁ」
「は?あの子って誰だよ。てか、俺、これ書いてるから話しかけないで」
「いいのかなぁ。見なくて。雪は、本当のこと言わないけど
俺は知ってるんだからな」
「は?! なんの話だよ。よし、書けた。んで、誰」
亮輔は、雪の目を手でふさいだ。イラッとした雪は、亮輔の脇に手を入れた。
「や、やめろ。そこは」
「んじゃ、手をどけろ。どけないと……」
脇のこちょこちょ攻撃が始まった。いつの間にか校庭で練習していた桜が教室に入ってきていた。
「2人で何してるの?」
「……あ、いや、じゃれ合い?」
慌てて、何もなかったように戻った。
「じゃれ合い?」
笑いがとまらなくなる桜。机の引き出しから筆箱を取り出した。忘れ物を取りに来たようだ。
「そう、じゃれ合い。何、綾瀬、忘れ物?」
「そう。筆箱。忘れてて。ごめんね、じゃれ合い邪魔しちゃった」
「綾瀬、俺ら、そういう関係じゃないから!!」
笑いながら、駆け出していく桜。雪は亮輔の背中をぎゅーとつねった。亮輔も雪の足をそっと上靴で踏んでいた。手を伸ばして、言い訳したが、もう遅かった。
「亮輔、勘違いしたらどうすんだよ!」
「何を勘違いすんだよ」
「え、だから。そういう関係だと思われるだろ」
「は?そうだったのか。そうか、そうか。
俺と雪はついに……」
「……」
しらけた目で亮輔を見る。バックと日誌を持って、教室から
黙っていなくなろうとした。
「って、おい。待てよ、置いてくなって」
亮輔は雪の後を追いかけた。
◇◇◇
夕日が沈んで、カラスが鳴き始めるころ、雪は、部活を終えて、靴ひもを結び直した。うす暗い中、昇降口では部活を終えて、帰宅する生徒が集まっていて、がやがやしていた。ラウンジの自販機で飲み物でも買おうかと駆け出した。せっかくの外靴の紐を結び直したのに、上靴を履いている。どれにしようかなと自販機の前に指差ししていると、横にあったベンチに座っていた。同級生であろう男子と女子がベンチに隣同士べったりとくっついて、いたたまれない。
いや、来てしまった以上、これは早く買って立ち去らないとと考えた。知らないふりして、ポチポチと何度も押し、急いで、バックにビタミンチャージのペットボトルを入れた。横を見ないようにして、靴箱に向かおうとした。肩をトントントンとたたかれた。
「う・る・し・まくーん」
さっき、ベンチでイチャイチャしていた男子は、菊地雄哉だ。お相手は、金城深月。なんでこの2人がそんな関係になっているのか不思議で仕方なかった。目をつぶって、逃げようとしたが、体が動かない。
「ごめん、邪魔した」
「ううん、別に。邪魔じゃないよ。俺、前から深月と付き合ってるから」
「……」
何も言えなくなった雪は、体が震えた。
「どうだった? 深月とお友達ごっこ。楽しめた?」
「な……」
「お? 何か言いたくなった? ち、ち、ち。 俺の女に手を出すなって!!」
雪は、壁に追いやられて、顔ぎりぎりに壁をドンッとたたいた。またこれか。追い詰められるのか。雪は、わなわなと震える体を振り絞って、こぶしを出した。トレーニングジムに通い始めて、ボクシングのやり方も少し習っていた。やりかえさないと弱い人間のままだ。やられる前にと神経を研ぎ澄ませて、
目をつぶっては、みぞおちに一発お見舞いした。
「……つぅー……いいパンチだな。でも、それで効いたと思うなよ」
菊地は雪に殴りかかろうとしたが、担任の五十嵐先生が近くを通る。
「お、どうした、どうした。ん? 喧嘩か?」
後ろの方で深月が、心配そうに見つめていた。五十嵐先生は菊地の腕を抑えた。ぎりぎりセーフでけがは免れた。菊地の攻撃は半端なく強い。手加減がない。心の中でほっと一安心した。
「ちっ……」
舌打ちをして、深月とともに昇降口に向かっていく。
「おい、大丈夫か。漆島」
「はい、どこも何もケガしてませんよ。喧嘩じゃありません。
壁ドンの練習です」
「は? 壁ドンの練習? 本番はどこでするの?」
「今度、市民会館で披露するので、ぜひ。んじゃ」
雪は適当にごまかして、先生をすり抜けた。雪がいなくなった後、頭をポリポリとかいて
「あいつ、俳優志望だったっけ?」
雪は、バックを背負いなおした。靴箱に背中を付けて、さっき買ったビタミンチャージドリンクをがぶがぶと飲んだ。制服の袖口で口を拭いた。渡り廊下付近から、がやがやと数人の生徒がやってきた。
「ねぇねぇ、加奈子、昨日のドラマ見た? あれさ、タクトとミサトがくっつくと思うんだよね」
「うそ、私ソウスケとミサトだと思っていたよ。てか、ソウスケ推しなんだ。桜はドラマ見てた?恋愛リアリティーショーのやつ」
「えー、私は、タクトとユイナだと思っていたよ」
「それもありだよね。でもツンデレじゃない?ユイナは」
「そうだよね。確かに。来週も楽しみだよね」
話し声で桜が来ると気づいた雪は、姿がばれないように慌てて、外に出た。誰かが駆け出す音に気付いた桜は靴箱から外を見た。イヤホンをつけて、ポケットに手を入れて、歩く雪がいた。なんとなく機嫌な悪そうな雰囲気でいるのが見えた。話しかけにくいなと気づかないふりして、かなり後ろの方を歩いていた。帰る方向は一緒だとお互いに知っていた。一緒にいた女子生徒と十字路で別れてからは、桜は1人で歩いていた。数メートル先には、雪が1人で歩いている。1人でそのまま何も言わずに帰ってもいいんだろう。
そうもいっていられない。歩行者信号が赤になり、横断歩道の前に止まった。隣同士、2人並んだ。イヤホンの音楽に集中していたのか、雪は、地面を見て、桜に気づいていないふりをした。桜は、何となく、黙ったままではよくないかなと顔を覗いた。何台も車が交差点を行きかっていた。
「……?」
視線を感じた雪は、イヤホンを外した。近くだったが、さくらは雪の顔の前を手を振った。
「元気?」
「え?まぁ、普通だけど」
「そぉ? 何かちょっと怖い顔してたよ、さっき」
「俺に鬼が憑依してたのかもな」
「え、うそ。ほんと?」
「冗談だよ」
笑いがこみ上げる。雪は自然に笑顔になれた。さっきの嫌な気分が吹き飛んだ気がした。
「ごめん、ありがとう」
「え?何もしてないよ?」
「ううん、いいの。お礼言わして」
雪は、イヤホンをまた付けた。桜は何を聞いていたが気になって、自分の耳につけてみた。
「あ、私もこれ好きかも。聞いてていい?」
「え、うん。いいよ」
ワイヤレスイヤホンの共有。骨伝導で話を聴きながら、音楽が聴ける。雪にこれをよく聴くと音楽の趣味が合ったことに感動する桜。初めて、雪が桜と一緒に電車に乗って帰った日だった。音楽を一緒に聴く日が来るとはと、桜が見えないところでガッツポーズを作った。