「漆島くん、おはよう」
雪は、昇降口で靴を交換して屈んでいた。不意に後ろから声をかけられた。誰だと思って、顔を見る。一瞬、桜だと思って笑顔になったが、様子がおかしい。何かが違う。笑顔が瞬時に崩れた。
「あ、おはよう」
「え、今、誰だと思ったの?」
「……いや、別に」
瑞希は茶化すように言った。雪はバレてはいけないと焦った。
「わかりやすいねー」
ニコニコと自分の上靴をロッカーから取って、靴を交換した。
「瑞希ー、足早い。なんで、早く行くの?!」
瑞希を追いかけてきた桜が走って昇降口に入る。廊下でじっと桜が靴箱に近づくのが見えた。雪の顔を一瞬見て、固まった桜。
「おはよう、伊藤くん」
グルッと体を振り返って、靴箱にいた亮輔に声をかけた。
突然のことでびっくりした亮輔は慌てて挨拶する
「あ、綾瀬、おはよう。靴箱、そこだろ? 後ろわざわざ、振り返らなくてもいいだろ」
「あー、だって、ご近所さんに挨拶は大事でしょう」
「そ、そうか?」
納得させようとする桜。意識されてるのか、避けられてる気がして、変に緊張する雪は、先に進もうとする。
「あ、おい、雪。待てよ、置いてくなって」
亮輔は手を伸ばして、雪の近くに駆け寄った。双子姉妹も合流していた。少し混み合う昇降口に徐々に騒がしくなっていた。
「行くぞ」
亮輔に声をかけた。少し寂しい表情をさせて、背中にバック、ポケットに手をつっこんで先に行く。
「何、すねた顔してんだよ」
「べ、別に! そんなんじゃねぇよ」
遠くで、雪が変な顔をしているのを瑞希と話しながら横目で確認する桜。近いようで遠い距離にいる2人だった。
「桜、休み時間にそっちのクラス行っていい?」
「え、なんで?」
「なんでって別に深い意味はないよぉ」
少しご機嫌の瑞希は、鼻歌を歌っていた。なんとなく、状況を読めた桜は、またこの調子になるのかと苦虫をつぶした顔をした。
「瑞希、こっちのクラスじゃなくて、私がそっちのクラスに行くよ」
「え、なんで?」
「いいじゃん。私に用事あるでしょう」
「え、まぁ、そうだけど。やだな」
気持ちを読み取った桜は先手を打った。少しでも瑞希に雪の顔は見せない。バトルになるのは目に見えていたからだ。
「んじゃ、そういうことで」
手をパタパタと振って、教室に入る桜。その横からそっと桜のクラスを覗いた。雪は、まだ席に着いていなかった。桜はガッツポーズを小さく作っていた。
「なーんだ、つまんない」
そう言って、瑞希は、隣のクラスの教室に入って行った。ふっとため息をつくと前の出入り口から雪が教室に入ってくるのが見えた。
「あ、お、おはよう」
桜は、さっきできなかった挨拶をした。自分に声をかけられたとは思わずにスルーした。
「うわ、漆島、最悪だな。無視かよ」
桜の横に座る菊地が騒いだ。
「え、あ、ごめん。俺にだったの? おはよう」
「……うん。大丈夫」
少し困った表情をさせた。菊地は雪のせいだとはやしたてた。
「あ、無視したわけじゃないから。本当、マジで。俺に声かけられたとは思わなかっただけだから。ごめん」
「ううん。大丈夫だよ。私の方こそ、ごめんね」
変な空気になり、そのまま雪は、席に移動した。瑞希は、申し訳ないことしたなっとため息をついた。
「綾瀬、大丈夫?」
菊地が声をかける。
「ああ、ごめん。うん、大丈夫だよ」
「何かあったら、俺に言って。あいつ、俺と同じ中学だから。
話つけられるよ?」
「あー、そうなんだ。わかった、何かあったらその時はお願いするね」
話しかけられた言葉が頭に入ってこなかったが、適当に答えた。
「おう、任せておけって」
変にやる気を出す菊地。桜はよくわからずに答えていたため、なぜ、そんな様子なのか疑問を抱いた。近くの席に座っていた亮輔はしっかりその様子を見ていて、雪は大丈夫かと心配した。また菊地との絡みがあったら、精神的にきついだろうと予測する。しっかりと様子を見ようと決心した。
授業が終わり、合間の休み時間。瑞希と約束していたため、席を立ち、隣のクラスに移動する桜。トイレに立ち、何となく、ぼーっと廊下の窓を眺めていると、隣のクラスの金城が声をかけてきた。
「漆島くん、そろそろ決断してくれたかな」
「決断も何も俺は初めから決めてるんだけど、金城が聞きたくないっていうだろ」
「わーわー。絶対聞きたくない」
両耳を塞いで、騒いでいる。瑞希と話を終えた桜が、元の教室に戻ると雪と金城が仲睦まじいそうに会話しているのを見て、付き合ってる人くらいいるんだろうと半ばモヤモヤした。
嫉妬していた。ハッと、雪は桜が教室に入ってくのを見かけた。変な勘違いされると嫌だと思い、慌てて、金城に言う。
「というか、もう、俺に話しかけてこないで」
急に言葉がキツくなった。金城はその言葉に驚いた。
「ひど。急に突き放すの?」
「はっきり言わせてくれないからだろ?」
「……」
わかっていたことだけどと思いながら、金城は、表情を暗くさせる。誰でもいいわけじゃない。切り捨てる人もいる。好きな人を選ぶ自由はあるはずだと雪は考えた。
「あらー、雪ちゃん。何してるの?」
過去のトラブル女子、石川亜香里だ。
「は?何もしてないよ」
「どうした?深月」
同じクラスで仲の良い亜香里と金城深月。
「えー、今、漆島くんに酷いこと言われてた」
「なになに、ちょっと、私の深月いじめないでくれない?」
「別に、いじめてねぇし」
ここは強気で行かないとまたいじめに遭いたくはない。
「亜香里、漆島くん責めないで。私が悪いんだから」
「えー、だって、酷いこと言われたんでしょう。高校デビューしたからっていじめていいとはならないからね、雪ちゃん」
ジリジリと寄る亜香里に恐怖を感じる。
「おい、どうした。雪、もう、次の授業始まるぞ」
亮輔が教室から廊下に出て、雪の近くに駆け寄った。
「あ、あらあら、助っ人登場だわ」
「亜香里、私たちも教室戻ろう?」
「……もっといじれると思ったんだけど」
そう言いながら、2人は隣のクラスに戻っていく。雪は、なんでまた嫌な思いしなくちゃ いけないんだとにぎりこぶしを作った。金城にきちんと話さない自分が良くないんだと責めた。険しい表情の雪を見て、心配そうに桜は見つめていた。教壇に立った、日本史の小岩先生が出席簿を開いた。
ちょうどその時、チャイムが鳴った。