学校のトイレの鏡を見た。蛇口に手をかざした。
自動で水が出る。手を洗い終えると、ぴょんと立った
髪を濡らして直した。
「桜、そっちのクラスどお?」
双子の妹、瑞希が後ろから声をかけた。
「どおって、言われても。まぁ、まずまず楽しく過ごしてるよ」
「そうなの? 好きな人とかクラスにいるの?」
瑞希は、桜の横の蛇口で手を洗った。
「えー、ここでは言いたくないよね」
次々と同学年の女子が行き来している。
「あ、そっか」
「なになに、気になるなぁ」
横から声をかけたのは石川亜香里だ。
「亜香里ちゃん」
瑞希はニコニコと声をかけた。同じクラスで仲良くしていた。
「私、恋バナ好きだよ。話聞きたいな」
「それは、先に亜香里ちゃんの話聞いてからだよ」
「私? 私のはまだ温めておこうかな。電子レンジでチンって感じに」
「私は亜香里ちゃんの話聞いてから話すよ」
瑞希はそう答えた。
「えー、んじゃ、桜ちゃんは?」
「ん?え?急に私? ごめん、名前、誰だっけ」
「あー、ごめんごめん。同じ顔してるから瑞希ちゃんと同じノリで話しちゃった。石川亜香里。瑞希ちゃんと同じクラスで 仲良くしてたよ。この間、一緒に帰ってたの覚えてない?」
「……あ、そっか。ごめんね、この間の電車では名前知らずに混じって話してた。亜香里ちゃんだね。よろしく」
「桜ちゃんって言うんでしょ? 瑞希ちゃんから何度も話聞いてたよ。猫の話とか……」
チャイムが鳴る。休み時間が終わる合図だ。
「うわ、やばい。次、移動教室じゃない?」
「え、そうなの?」
桜は目を丸くした。亜香里と瑞希は慌てて、教室に戻り、化学の教科書と筆箱を持って、化学室へ向かった。
「桜ちゃん、話は昼休みに聞くよ。一緒にお昼ごはん食べようね。」
亜香里は手を振って、走って化学室へ向かう。途中、担任の五十嵐先生に会って、廊下は走らないと注意を受けていた。
「綾瀬〜、何してるんだ?授業サボるのか?」
五十嵐先生は、トイレから教室へ、向かう途中桜がぼんやりしてるのを見つけた。
「あ、すいません!! 今、席に座ります」
「おう、そうしてくれ」
五十嵐先生は桜が席についたことを確認すると教壇に登って、出席簿を開いた。現代文の授業が始まった。
桜は、緊張して息が上がっていた。机の中から急いで、教科書とノートを広げ、筆箱からシャープペンを取り出した。
カチカチやっているうちに消しゴムが机の下に落ちる。
それに気づかないまま、授業を聞こうとすると隣の席の菊地雄哉が、落ちた消しゴムを拾って、すぐに桜の席に置いた。口パクでありがとうとジェスチャーした。
その様子を後ろの方で眺めていた雪は、モヤモヤと心中穏やかではなかった。雪の姿を亮輔はため息をついて困ったやつだと思っていた。
消しゴムを落として恥ずかしく思ったのか耳が赤くなった。髪をとかして耳にかけると、何となく視線を感じた。感じた方向を向けると窓が開いていた。カーテンが揺れ動いていた。桜は気のせいかともとの視線に戻す。雪は視線を送ったことをバレたのではと思い、思いっきり違う方向を向いて教科書で顔を隠して誤魔化した。気づいていてはいなかった。この行動を何度も繰り返していたら、きっと桜本人にバレるんじゃないかと
ドキドキが止まらなかった。桜の後ろの席にいる亮輔は
(もうバレてると思うけどな……)
呆れて、またため息をついた。