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第7話 モヤモヤする人

朝、机の上に置いていた目覚まし時計がうるさいくらいに鳴っていた。

音に気づいていたが、ふとんをかぶってまた寝ようしようとしたが、耳が痛くなりそうで、音を消しに一度起きてまた

ベッドの中に入った。目覚ましのスヌーズ機能を消すのを忘れて5分後にまた鳴る。パチンとようやく消して寝ながら、スマホの画面を見た。時刻は午前6時7分。もう起きないといけない時間だ。天気予報を確認して、ラインをチェックする。亮輔から変なキャラクターのスタンプとともにメッセージが来ていた。


『週末、桜祭りに付き合うべし』

 何が悲しくて亮輔とお祭りに行かないといけないかと泣きたくなった。お年頃の高校生男子。 彼女の1人でも連れて、

 デートはできないかと悔やんだが、大事な親友だ。付き合わないと罪じゃないかと思ってしまう。デートと言っても誰でもいいわけじゃない。行くのなら、好きな子と行きたいものだ。

頭の中でそんなことを考えながら、全身鏡を見ながら、長袖ズボンのラフな格好から制服に着替えた。ネクタイを締めて位置を確認する。紺色のブレザーに紺と白のネクタイ。白いセーターの裾が見え隠れする。灰色のズボンのスジがピシッとなっている。まだ着たばかりの制服なんだろうなと分かる感じだ。

高校1年生ってすぐ分かるだろうかと鏡を見る。寝癖がぴょんと立っていた。ワックスをつけて無造作にごまかした。男子たるもの髪型だって意識しないとと緊張感が走る。


「雪〜!起きたの?」

 階段下から母の叫ぶ声がする。

「起きてるつーの!!」

「あ、そう。ほら、朝ごはん食べなさいよ?」

「ああ!!今行くし!!」

 いつからだろう、母との会話はいつも喧嘩越しだ。強いぞアピールしたんだと思う。弱い自分を見せたら心配させる気がした。 反抗期だと思ってくれればと思う。

「お兄、なんでいつも怒ってるの?」

 妹の亜弥だ。中学2年になる。

「別に怒ってねぇし」

「えー、怒ってるよ?」

「亜弥、いいから早くご飯食べちゃいなさい。遅刻するよ?」

「え、はーい」

 朝の漆島家は毎日慌ただしく過ごしていた。起きるのがギリギリだからだ。 早朝に父は出勤するため、いつも朝食は3人で食べていた。雪は、黙々と出されたバタートーストと目玉焼きを頬張った。時間がなかった。サラダはお腹空いてないため、ごっそりと残した。

「ごちそうさまでした」

 急いで、歯を磨きに洗面所に向かう。

「雪!野菜残してるよ!食べなさいよ」

「お腹いっぱいなんだっつーの」

「えー?」

 そんな会話をしながら、

 雪はスニーカーを履いた。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。ほら、お弁当。今日は、エビグラタン

 入れておいたから」

「……」

 静かに頷く。ありがとうという感謝の言葉が言えなくなったお年頃だ。恥ずかしいのだ。身内に言うのは。本当は大声で感謝を叫びたくなるほどお世話になってるのは分かってる。恩着せられるから言いたくないのはある。もう頷くことで自分に納得させていた。母は手を腰につけてため息をつく。言えないのは思春期だからだろうと分かっている。過去の自分がそうだったからだ。理解してあげようと努力する。


***


 歩行者信号機が青に切り替わった。横断歩道を渡った。ワイヤレスイヤホンを両耳につけた。Bluetoothが自動的に接続なる。今のお気に入りの好きな曲をかける。アニメの主題歌でもかっこいい曲はたくさんある。オタクであることをバレずに聞ける。イヤホンで聞いてしまれば、周りに何も言われない。自分が好きなら何でもいい。他人になんと言われようと好きなのは好きなんだから仕方ない。人を好きになるってそういうこと

じゃないかと思う。この曲聴き心地が良い。あの人、何か良い。理由もなく選んでしまうものだ。街路樹の桜の花びらが舞っていた。雪は落ちてくる花びらを手のひらに乗せた。ようやく、雪もやんで、暖かくなってきた。ピンク色に透き通った花びらだった。さらりと地面に落とした。風が吹いてさらに飛んでくる。花は咲いてあっという間に散っていく。綺麗な時期はほんの一瞬だ。じっと見ていてもいつか枯れるのだ。デジタルの技術は進化して画素数高めに写真や動画を撮って目に焼き付けたいが、リアルで見るのと訳が違う。風で触れる花びらは今、ここしかない。スマホの時計を見て、電車の発車時間が

ギリギリだということを思い出す。雪は、駅の方へと駆け出した。反対側の歩道に顔が思い出せない桜の隣に座るクラスメイトの男子が歩いていた。思わず声をかけようとしたが、 頭痛がした。また顔が思い出せない。雪の視界だけ男子生徒の顔がマジックで塗りつぶしたように映らない。

 「う……」

 立ち止まって、頭を触る。その男子生徒がこちらに気づいて近づいてくる。きっと同じ電車に乗るはずだ。雪は駅とは違う方向に体を向けた。

「おーい、漆島だろ?」

 こんなに近くにいるのに誰かわからない。近くに来て欲しくない。 返事もままならないまま、雪は駅と反対方向へ向かう。

「漆島? おい、学校行かないのか? そっちは駅と反対方向だろ? おーい」

 気にかけてくれるのはありがたいが、体と心が拒絶している。 顔がわからない。近寄って欲しくない。

「おい、漆島!」

 左腕を掴まれた。

「や、やめろ!!」

 掴まれた手を振り払った。とっさにとった行動だった。自分はどうしたいのだろう。

「は?! 俺だよ。菊地だって。まったくよ、駅はあっちだって言ってるだろ」

「……」

 何も言えなくなって、急いで、その場から立ち去った。菊池と名乗る男子は、雪に声をかけるのを諦めて、慌てて発車ベルが鳴る駅の方に走って行った。街路樹が続く石畳の歩道を無我夢中に歩く。自分の中の違和感が取れなかった。あいつは誰だったんだ。ドンっと誰かの体に体当たりしてしまった。すぐにすいませんと謝った。

「雪、どこ行くんだよ?」

 ぶつかったのは、亮輔だった。いつもの亮輔にホッと安心した自分がいた。

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