早朝の石畳の通学路に鳩が2羽仲良くトコトコと歩いていた。
餌は何を食べているんだろうと通り過ぎる。進行方向より後ろに2羽の鳩が飛んで行った。
「よぉ」
そこへ亮輔が雪の横を通りかかる。
「亮輔、一緒の電車乗ってたのか?」
「ああ。寝坊して、ちょっとギリギリに乗ってたから
車両の1番後ろにいたよ。雪は、早かったな。1両目か?」
「まぁ、いつも通りってところかな。1人ポツンだったけどな」
「ごめんよ。申し訳なかった! 朝一緒に行くって約束したのに寝坊して……」
「もういいさ。期待してないから。気にすんな」
「え、なに、その感じ。ちょっと寂しいぞ。俺。優しさある?」
「ああ、フォローしてるつもり」
雪の目が怖かった。亮輔は後退りする。
「いや、それ絶対最強に怒ってるやん」
「分かってるなら、寝坊すんなや」
「はい、わかりました。申し訳ございません。気をつけます」
何度もペコペコと上司と部下のように謝る亮輔の横を、さらりと綾瀬姉妹がケタケタと笑いながら通り過ぎていく。
「…でね、昨日の猫のミータが瑞希のパンツくわえて
洗濯機に持って行ったんだよ。超、ミータ頭良くない?」
「え? それ、ここで話しないでよ。恥ずいじゃん」
「別に汚れたパンツじゃなくて洗濯して干して落ちたパンツを
運んだんだよ。本当はタンスに入れるのを勘違いしたのかな。ミータは優秀だと思うのよ」
「そ、それは確かにそうだけど、ここで言わないでよ」
家族だけにしか知らないペットの話。横で耳をダンボして聞いていた亮輔と雪は、頬を少し赤らめた。パンツを妄想してしまったからだ。
「やばくね?」
小声で亮輔は雪に話す。
「あ、ああ……」
昇降口まで走り出す瑞希と桜。その後ろの方で、亮輔と雪は、肩を組み合って、2人のプライベートが聞けて少し喜んでいた。
「ね、猫。飼っているんだな」
「猫の種類なんだろうな。俺も犬より猫派」
「マジか。俺ん家、犬飼ってるぞ。雑種だけどな」
亮輔と雪も昇降口の下駄箱の扉を開けようとした。
「……邪魔」
と一言。石川亜香里だ。
雪の左隣が隣のクラスとの境目だったらしく、
ズバッと言ってきた。恐れた雪は、何も言わずに急いで自分の外靴と上靴を交換した。ささっと、逃げた。廊下で待っていた亮輔が
「大丈夫か?」
雪は、ものすごく嫌な顔をして亮輔を見た。
「その顔は大丈夫じゃなさそうだな。」
急いでコクコクコクと頷いた。もう声さえも発したくない。後ろでは石川亜香里が通り過ぎる。突然、くるりと振り返った。 ジロジロと雪の頭の先から足の先まで見つめた。
「もしかして、あんたって……確か 漆島 雪?」
「……いえ、林田 雪ですけど。」
「ぶーー!」
石川亜香里は口をとがらせて、吹いた。面白かったらしい。
「そんな冗談言える人だっけ。ねえ、亮輔くん」
「……石川、遅刻すっぞ。」
「あ、そうだった。
かっこいいじゃないの?」
笑いながら、石川亜香里は立ち去っていく。雪は、太ももの上で握り拳を作る。何だか、悔しかった。自分より肌が白くて、女らしい雪に嫉妬していた。色黒でファンデで誤魔化してもすぐボロが出る。がさつで、どんなに女の子らしい格好にしても姿勢が悪いだの、口が悪いだの言われるコンプレックスがあった。服装もルーズソックスをだらだらにしてセーターは制服からのびのびにのばす。ギャルっぽく頑張ろうとしているが、態度と性格が劣性となっていた。雪もなんでこんな石川亜香里に告白なんてしたんだろうと後悔するばかりだ。腕を組んで思い出すが、下校途中にダンボールに入っていた赤ちゃん捨て猫を土砂降りの雨の中、傘を差さずに連れていく姿を見て、きゅんとしたのだ。がさつなあいつにも優しい一面があったのだと思った。でも、それは間違いだと高校になった今でも思う。仕切り直して、深呼吸をする。雪は亮輔とともに1年A組の教室に向かった。