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第30話 心落ち着くひととき

 青く広がる水槽の中、たくさんの魚たちが泳ぐ相模湾ゾーン。

本来ならば、太平洋に住む魚たちが悠々と泳いでいる。イワシの大群がぐるぐるとタワーのように連なっていた。マンタやサメも共存している。食物連鎖で食べられてしまわないかと気になってしまう。


「すごい大きいね。この水槽」

 水のぶくぶくという音が聞こえてくる。脇の方にはこんぶやわかめもあった。


「どうして、海の中で出汁とれないんだろうね」

「あれ、それって誰か芸人さん歌にしてなかった?」

「「テツandトモ」」


顔を見合わせてお互いに指をさす。くすっと笑い合う。


「古くない? なんでわかるの?」

「両親が好きでさ、YouTubeで何回の見てるんだ。過去作のネタ」

「うそ、家でも親が好きなの。お笑い芸人」

「え、茉大さんも?」

「……もう、茉大って呼び捨てでいいよ」

 澄矢は、だんだんと打ち解けてきたんだとほっとした。

「んじゃ、俺も澄矢って呼んでよ」

「え、嘘。いや、ちょっと、恥ずかしいかな。小早川くんでいい?」

「呼んだことないのに、急に苗字?」

 頭をかきあげて、照れる澄矢にくすっと笑う茉大だ。

「嘘だよ。冗談だから。澄矢って呼ぶね」

「……急に普通な対応でつまらないな」

「急な無茶ぶり。芸人じゃないよ、私」

 ぷっと噴き出す澄矢に頬を膨らます茉大だった。カクレクマノミの魚が海藻の脇からこちらの様子を伺っている。館内を歩きながら、少し遠くに幻想的なクラゲコーナーが見えた。


「うわぁ……超きれい」

「だね。くらげってこういうのなんだ。間近で見るの初めてかも」


 クラゲファンタジーホールと書かれていた。プラネタリウムのようなディスプレイになっている。


「幻想的だよね。海の中じゃなくて、星空みたい」

「確かに。ずっと見てられる。癒されるなぁ」


 天を仰ぎながら、クラゲがたくさん入ってる水槽を満喫した。

 青く、星空のようでぷかぷかと浮かぶクラゲはUFOかはたまた惑星か。

 2人はしばらく見つめた後、イルカショーを見に移動した。

 客席はまだ開演時間までだいぶ時間があったため、空いていた。


「これさ、前の方行くと、びしょぬれになるってやつでしょ」

「うん、注意事項書いているね」

「どうする?」

「服濡れるのはちょっと。透けたりしたら……ねぇ」

「……」

「何か変なこと考えてる?」

「俺も一応男ですから。でも、誰にも見せたくないよね。俺も見てないわけだから」

「……何を言ってるのかな。君は」


 なぜか何もしていないのに胸を隠して、じっと澄矢を睨む茉大だ。

 澄矢はどう対応すればいいのかわからなくなって明後日の方向を見る。


「とりあえず、少し上の方に座った方がいいっしょ」

「……まぁ、それはね。その通りだけど」

「あのさ、茉大って付き合ったことあるの?」

「え?」

「だから、元カレっていうか……」

「ふーん、気になる?」

「……うん」


 澄矢は、頬を少し赤くさせて聞く。


「まだ言わないでおく」


 口もとにしーのポーズをとってウィンクした。


「まだなんだ……」


 耳を垂らした犬のように寂しそうな顔をした。


「ゆっくり進めていきたいからさ」

「ゆっくりって?」

「澄矢と私の関係」

「……そっか。そうだね。急ぐよりゆっくりがいいな」


 お互いに気持ちが一致したようだ。笑みをこぼした。


 楽しみにしていたイルカショーは心ほくほくに大満足のイルカの演技を見ることができた。外は雲一つないくらいの青空に、イルカの尾ひれで水しぶきが飛んだ。そこに小さな虹ができていた。

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