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第6話 次元のゆがみ

 放課後、今日は何となく部活をせずに帰りたくなった。適当に誤魔化して、部員たちにぺこぺこと謝りながら先に帰ると報告した。


「おいおい、澄矢。お前いないと試合もまともにできないんだからな」


 サッカー部のキャプテン3年の坂本莉士さかもとりとが言う。部活での澄矢は、1年ながらに期待されてレギュラーになっている。快翔も同じサッカー部だったが、参加日数が足りず、準レギュラーになっていた。


「わかっていますよ。先輩、今日快翔いないから俺も本気出せませんから」

「お前らは双子の兄弟みたいだもんな。片方休むと全然やる気スイッチ変わっちまうもん」

「ですね。んじゃ、そういうことで失礼します」

「おう、またな」


 キャプテンは優しい。しっかりみんなの気持ちを受け止めてくれる。コーチや監督に間違っていることは、はっきりと言えるタイプの性格をしていた。羨ましいくらいだ。自分にもそんなふうに人をまとめられる力があればと感じることがある。実際には自分の身の回りのことで手一杯なのはわかっている。いつまでも平部員、もしくは幽霊部員に降格しそうだ。校庭の小さな石ころを蹴飛ばして、校門に向かう。駐輪場の近くに快翔の姿が見えた。1人、自転車のサドルに触れて、ぼんやり遠くを見ている。話しかけようと一歩足を踏み出した。蹴飛ばした石ころにひっかかり、思いのほか豪快に転んだ。


「いててて…」


後頭部をおさえて起きあがろうとした。たくさんの生徒たちがいる校庭だと思っていた空間は、誰、1人いない学校へと移動してしまった。転ぶことがトリガーになっているようだ。ズボンのポケットに入れていたスマホの日付を確認した。5月19.5日三日月曜日に移動している。未来に移動していた。さっきまで5月13日の月曜日だったはずだ。年間カレンダーを表示させ

てみると、どの月にも三日月曜日が存在している。


 「ここって一体どこなんだよ」


 スマホを持っている手をおろして、周りを見渡す。誰もいないと思っていたが、駐輪場の快翔はそのままの場所だった。サドルに手をかけて、遠くを見ている。


「快翔、快翔。ちょっと待って。自転車押しながら、話そう」


 サドルに手をかけていたが、ハンドルに移動させて、校門付近に 移動しようと誘導した。快翔は無表情のまま、黙って着いてきた。


「あのさ、快翔、ここって……」

「俺、家帰りたくないんだよね。かと言って、部活にも参加したくない。ちょっと、今疲れているっぽいんだわ」


 澄矢の言葉を遮るように話し出す。いつもの快翔から聞いたことないセリフだった明るく暗い表情なんて見せたことない。こんな無表情に近いというかもっと暗い。これが本音の快翔なんだろうかと不思議で仕方ない。


「え、家に帰りたくないってどこに行きたいんだよ」

「海は……遠いから。川とかかなぁ」


 目の焦点がどこか合わない。現実から逃げたい何かがあるの

だろうか。澄矢は自分も辛いことは山ほどあるのに、快翔にも隠したい何かがあったんだと気づく。川の話になり、澄矢は雫羽のことを思い出す。


「川、行くか?水の流れる音って癒されるって言うしな」


 自転車を押し始めた快翔に元気になってほしいという気持ちになった。澄矢は、1人テンション高めに川に行こうと誘う。学校からはさほど遠くない。徒歩で15分のところで河川敷に行ける。冗談を言ったり楽しい話が好きな快翔。今は別人のようにだんまりで遠くを見ながら歩いて自転車を押す。河川敷までに行く下り坂で自転車に乗って進んだ。カラカラとチェーンが鳴る。そこにはブランコやシーソーの遊具があった。川の浅瀬で水切りでもと平らな石は無いかとしゃがんで探していた。体を起こして、快翔がいる方向に振り向いた。


「うわぁ!??!」

「ちょっとなーに?その驚き方。失礼しちゃうわ」


 快翔だと思っていた立ち位置に自転車は無くなっていて、白いワンピースの雫羽がいた。ワンピースの裾が風でふわっと揺らいでいた。頭には麦わら帽子をかぶっている。


「幽霊だと思った?」


 帽子をおさえながら、澄矢の顔を覗く。爽やかな香りがした。柔軟剤の匂いだろうか。それともシャンプーの香りかもしれない。


「そ、そんなわけないし。石探してたからさ」


 本当は嬉しくてたまらなかった。ごまかすようにしゃがんで石ころを探した。水切りをしようとすると、雫羽は、麦わら帽子を風で飛ばされないようにおさえながら、青空に飛ぶ飛行機を眺めていた。風でなびくワンピース姿の雫羽に頬を赤める澄矢だった。飛行機のうしろにはうねうねと飛行機雲ができていた。


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