(お願い……間に合って!)
煙のように段々消えていく意識を必死に繋ぎとめた言乃花。わずかに残った力を振り絞り、暴走した魔力に呑まれかけている冬夜を止めるために駆け出した。
「人間ごときに……妖精が負けることなどあってはならないのです!」
「うるさいヤツだ……戯れ言は地獄でいいな! 全ての闇を喰らえ、
冬夜から放たれた黒い龍のような魔力が、空間内を暴れ狂いながらノルンへ襲いかかる。
(こ、こんなはずでは……申し訳ございません、|創造主《ワイズマン》様。そして、|愛《・》|す《・》|べ《・》|き《・》|あ《・》|の《・》|娘《・》)
「あなたとの約束を守れなくてごめんなさい……」
自らを襲う初めての絶望に消えるような声で呟くノルン。静かに目を閉じると一筋の涙が頬を流れた。
「早く退きなさい!」
突然聞こえた怒鳴り声と同時に結界を揺るがすほどの衝撃と閃光が襲い、結界に叩きつけられながら数メートル近く吹き飛ばされたノルン。
(いったい何が起こったのでしょう? 先ほどの声は……まさか?)
「ま、間に合った……」
目を開いたノルンの視界に飛び込んできたのは、数メートル先に立って両手を体の前に突き出した言乃花の姿だった。
「何をしているの? 消えたくないなら早く力を解きなさい! ……長くはもたないわよ」
「いったい何を……いいのですか? 私に止めを刺す絶好のチャンスですよ?」
「そう、絶好のチャンス。だけど、あなたには聞かなければならないことが山ほどある……後でじっくり聞かせてもらうわ」
「ふふふ、甘い人ですね。私が空間を維持できる時間は残り僅か……仕方ありません」
ノルンが頭の上に右手をあげると指を鳴らした。空間内に広がっていた妖力が消え、本棚に囲まれた本来の景色に戻る。魔力が戻ったこと、周りの変化に困惑している言乃花を見て、呆れた表情を浮かべて話しかけるノルン。
「私に気を取られていて良いのですか?
その言葉に我に返った言乃花が振り返ると、力なく本棚にもたれかかる冬夜の姿が見えた。慌てて駆け寄ると肩を両手で支えながら声をかける。
「冬夜くん、大丈夫?」
「ああ……止めてくれてありがとな」
暴走により魔力が急激に失った反動による呼吸の乱れはあるが大きな怪我はなく、意識もはっきりとしていた。冬夜は心配そうに覗き込む言乃花を安心させるように頷くと、本棚を支えにしながらゆっくり立ち上がった。
「おや? 仲が良くなられたみたいですね。それでは次にお会いする時を楽しみにしていますよ」
二人を見ると乾いた笑みを浮かべ、闇に溶けこむように姿を消したノルン。
「チッ、取り逃がしたか……言乃花は大丈夫か?」
「うん、一か八かだったけど間に合って良かったわ」
お互いの無事を確認し安心すると言乃花の手に握られていた木箱がいきなり砕け散った。そして、中から星形をしたクリスタルが現れるとまばゆい光を放ち始める。
「なんだ、これ? いきなり光り始めたぞ……大丈夫か?」
「わ、わからないわ。急に光が強くなって……」
二人が困惑していると目が眩むような閃光が視界を奪い、何かが軋むような音とともに目の前の空間にヒビが入る。
「え? 空間にヒビ? あ、危ない! 伏せろ!」
ガラスの砕け散るような音が図書館内に響き渡り、粉塵が視界を遮る。やがて、視界が回復した二人の前に信じられない光景が見えてきた。
割れた空間の中に立っていたのは膝まで伸びた紫色の長い髪をツインテールにまとめ、黒いワンピースを着た冬夜より少し背の低い少女。
「君は……どうしてそんなところにいるんだ?」
目の前に現れた少女に困惑しながら冬夜が声を掛けた時、欠けていた記憶のピースが一気に組みあがり、九年前の事件のことが頭に流れ込んでくる。
(誰なんだ……まさか? いや、いくらなんでも人違いだろ、九年前だぞ? でも、紫の髪をツインテールにしていたし……)
「私は、メイ。あなたたちは誰?」
これが冬夜とメイの出会いであった。
本来出会うはずがなかった少年と少女が、何かに導かれるように再会をはたした。
それは、運命のいたずらがもたらした軌跡なのか、それとも……
「冬夜くんはたどり着いたようだね……」
校舎の屋根に立ち、迷宮図書館を見下ろしていた学園長。口元を吊り上げ、笑みを浮かべると語りだした。
「彼女に接触することは、
誰かに語りかけるような呟きは止まらない。
「動きだした運命の歯車を止めることは誰にもできない。さあ、あの
ひとしきり声を上げて笑うと差し込む夕日に溶け込むように学園長は姿を消した。
まるで誰かに仕組まれたかのように再会をはたした少年と少女。
陰と陽が交わる時、世界は破滅へ向かうのか? それとも……
舞台となるのは世界の終わりと名付けられし学園……
『ワールドエンドミスティアカデミー』
さまざまな思惑が渦巻く中、現実世界と幻想世界、少年と少女が出会ったことにより運命の歯車は動き始めた。
誰も想像できなかった結末にむけて……
――第一章 完――