「何を迷っているのでしょうか? 早く決断されたほうが良いですよ、全ては
冬夜と言乃花が窮地に陥っていく様子を見て、口元を吊り上げて妖艶な笑みを浮かべるノルン。閉じ込められた空間から出ることができるという甘い響き、自分が何とかしなければという焦りで冬夜の心は激しく揺さぶられる。
「ダメ! ノルンの言うことに騙されちゃ……絶対に罠よ! あっさり手を引くわけがないわ!」
「さんざんな言われようですね? 全く根拠のない推論は感心しませんよ。そうですね……あなたは少し黙っていてもらえますか?」
ノルンが右手を上げると軽く指を鳴らす。冬夜と言乃花は次なる攻撃に備え身構えたが、変わった様子は見受けられない。
(え? 魔力が戻った?)
先ほどまでと違い体内を魔力が循環していることを感じた。
(何を企んでいるのかしら……でも、この好機を逃すわけにはいかない!)
警戒しながら両手に魔力を集結させようとした時だった。突然、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる言乃花。その様子を見た冬夜が慌てて駆け寄り、肩に手をかけた時だった。
「おい! 言乃花、どうし……しっかりしろ!」
顔色は血の気を失い、全身に冷水を掛けられているかのように身体がどんどん冷たくなっていく言乃花。あまりの変わりように声を荒げる冬夜。
「お前……言乃花に何をした!」
「何もしていませんよ。私が支配する空間内で魔法を使えるようにしてあげただけですが? ああ、そのかわりに魔法を使用すると
言乃花が苦しむ様子に満足げな笑みを浮かべ、右手を口元にあてて小馬鹿にした様子で見下ろすノルン。
(マズイな、なんとかしなければ言乃花が……)
顔色は生気を失っていくのがわかるくらい灰色になり、呼吸も荒くなっていく言乃花。明らかに命の灯火が消えようとしているのは明白だった。
「わ、私は、大丈夫だから……」
「何を言っているんだ……大丈夫なわけないだろ!」
相手に主導権を握られた二人が助かる選択肢は限られている。強引に言乃花が魔法を使えば最悪の事態を招きかねない。そうなると残された最善の選択肢は一つしかなかった。
「どうするか決まりましたか?」
笑みを絶やさず冬夜に語りかけるノルン。
「お前の言う通りにすれば、この空間から解放してもらえるんだろうな?」
「ダメ! その誘いに乗ったら! 絶対に裏があるから……」
「言乃花が助かるなら……何かあるとしても提案を受け入れるしかないだろ。大丈夫だ、後は俺が何とかしてみるからさ。無事に出られたらリーゼによろしく伝えてくれよ」
必死に訴える言乃花を安心させるように笑顔で語りかける。
「お前の提案を呑もう。さあ、ここから俺達を出してくれ」
「ふふふ、こちらに来ていただけますか?」
冬夜はノルンの方へゆっくりと歩み寄る。
「約束は間違いないだろうな?」
「何度も言わせないでください、あなた次第ですよ? 妙な真似をしなければ大丈夫です」
ノルンが右手を上げると結界に一つの扉が浮かびあがる。
「こちらが出口ですよ」
「わかった。言乃花を連れてくるから待っていてくれ」
言葉乃花の方に駆け寄ろうとした時、冬夜の体に異変が起こった。まるで金縛りにでもあったかの様に指ひとつ動かすことができない。
「おい! いったいこれはどういう事だ?」
「何を怒っているのでしょうか? 私は一緒に来ていただけたらとは言いましたが、
不敵な笑みを浮かべ、淡々と告げるノルン。
「彼女は我々の計画にとって邪魔な存在ですからね」
ノルンが告げた途端に言乃花に異変が起きた。どんどん青白い顔色に変わり、額から滝のように汗が流れて全身が大きく震えだした。
「このまま魔力を吸い上げてしまいましょうか? 死ぬことはないと思いますよ、彼女が耐えられるのなら。そうそう、もう一人のお友達はリーゼさん、でしたっけ? 彼女も邪魔ですね。もうすぐ迷宮図書館に戻ってきそうですから……二人まとめて処分させて頂きましょう」
冬夜を絶望の淵に叩き落とすのが楽しくて仕方ないという様子で話し続けるノルン。
「どうされたのですか? 早くしないとまた
「ノルン……お前は最初からそのつもりだったのか……」
冬夜の消え入りそうな呟きを聞いた言乃花が大声で叫んだ。
「ノルン、これ以上煽らないで! 彼を怒らせちゃダメ!」
「あなたに指図される筋合いはありませんよ。魔法を使えない人間に何ができると……え? なんですか、この魔力は?」
これまで感じたことのない大きな魔力が、絶対領域であるはずの空間を浸食し始める。
ノルンは気付いていなかった、最大の過ちを犯してしまったことに……