三メートルほどの高さがある天窓付近まで伸びた本棚が両側に並び、整理された様々な本が隙間なく並べられている。視線の先には吸い込まれそうな闇が広がり、さらに不気味さを加速させる。
(散策していたらと考えたら……それよりも雰囲気が異様すぎる! ホントに学園の……図書館だよな?)
迷うことなく進む言乃花の後ろを戸惑いながら歩く冬夜。ふと後ろが気になり、振り向くと驚愕の光景に唖然とする。
(えっ……なんで|本《・》|棚《・》|し《・》|か《・》|見《・》|え《・》|な《・》|い《・》|ん《・》|だ《・》?)
ほんの十数秒前にいたはずの受付カウンターや読書スペースがどこにもなく、視界に飛び込む景色は迷路のように続く本棚と先に広がる底知れぬ闇。真っすぐ続いていたように見えた景色はまるで蜃気楼のように跡形もない。
(な、なんなんだこの図書館は……ヤバい、呼び止めないと!)
正面を向くと言乃花ははるか先に進んでいた。取り残されてしまう感覚に焦った冬夜が不自然な敬語で慌てて呼び止める。
「言乃花さん、ちょっと待っていただけないですか?」
「どうしたの? いきなり変な敬語使ったりして。さっきまで普通に話していたでしょう?」
「いや、それはそうなんだけど……それより、何の目印も地図もないのになんでそんなにすいすい進めるんだよ!」
「言ってる意味がよくわからないのだけど? 冬夜くんが歩き回ったら絶対に迷うって最初に言わなかった?」
「いや、たしかにそう言われたたけど……そうじゃなくて、なんで言乃花は迷わず進めるんだ?」
「私はこの図書館の管理を任されているから」
「答えになってないだろ! たとえ管理者だとしても
冬夜が何を言っているのかわからず首をかしげる言乃花。
「誰も
「う……じゃあ、なんで迷わず進めるんだ?」
「そのことね。私が魔法を使って目的の場所を把握しているからよ。ほら、こんな風にね」
言乃花がスッと右手を上げると青く透き通る羽をもつ小蝶が浮かび上がる。ヒラヒラと二人の周りを飛び回ると、真っ直ぐ伸びる見えない道しるべを追うように飛んでいく。飛び去った後の軌跡が薄く金色の光を放ち、暗闇に向けて続いていく。
「風の精霊をイメージして飛ばしているのよ。深淵まではわからないけれど、ある程度までのエリアなら把握してるわ」
「そういう事か。こんな便利なことができれば迷うこともなくなるわけだ」
「そういうこと。じゃあ
「ぐっ……ばれてたのか……」
話し終えるとサッと前を向き、奥へ歩みを進める言乃花と慌てて後を追う冬夜。
風の精霊が示した道しるべを頼りに目的の場所に着くと本題を切り出す。
「さっき言っていた世界の成り立ちに関する本や資料は、どのくらいの量が保管されているんだ?」
「正確な数までは分からないわ、数が多すぎるから……小説、童話、記録、古代の書物などいろいろな形で残されているわよ。少なくともここにある本棚一つ分はゆうに超える量があるとしかいえないわね」
「まじかよ……」
「両方の世界で発行された古書から現代までのほぼすべての本があると言われているわ」
天井までそびえたつ本棚一つでも、何百冊の本が収められているのか想像もできない。自分がいかに無謀なことをしようとしていたか、現実をまざまざと突きつけられ項垂れる冬夜。
「どうしてそんなにがっかりしているの? これから時間なんかたくさんあるじゃない?」
「それはそうだけどさ……読む前から心が折れそうだよ……」
「そんなに落ち込まなくても。まずは読みやすい本から案内するわね」
言乃花のフォローが折れかけた心の隙間にスーッとしみわたり、ホッとした気持ちになる。そのとき、思わず聞き入ってしまうような不思議な音が響き渡った。
(なんだ? この音は? 心地良いというのか……いや、そもそも図書館の中でなぜ?)
音が鳴りやむと同時に前を歩く言乃花の足が止まり、顔つきが一気に険しいものに変わる。殺気を乗せて睨みつける視線の先には静かに本を読む女子生徒が一人。
「誰? ここまで案内もなしに来られる一般生徒なんていないはず」
普通の図書館なら特に気にすることの無い光景だが、ここは迷宮図書館内。案内役無しで生徒が一人で歩くなど無謀そのものでしかない。ではなぜ目の前の女子生徒は
「ふぅ。ここは
「ふざけないで! 今日、この図書館のカギを開けたのは私。それからは誰も出入りしていないはずよ!」
言乃花が強く言い切ると、女子生徒は読んでいた本を閉じて本棚へ戻し、静かに右目を閉じると二人に向かい話し始める。
「せっかくの読書の時間を邪魔されたくはないのですが、仕方ありません。意外と早くたどりつきましたね。冬夜くん、言乃花さん」
ゆっくり右目を開けると明らかに人とは違うオーラが女子生徒を纏う。
(この感じは……何で俺たちのことを知っている?)
「そんな不思議そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。ああ、初めましてと言うべきですね。申し遅れました、私は三大妖精のセカンド『ノルン』です。以後、お見知りおきを」
流れるように左手を体の前に出して一礼し、顔をあげると不敵な笑みを浮かべるノルン。
すでに時は遅すぎた、仕掛けられた罠へ飛び込んでしまったと二人が気がつくには……