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第15話 言乃花の依頼

 (……|こ《・》|ん《・》|な《・》|に《・》|う《・》|ま《・》|く《・》|い《・》|く《・》とは思わなかったわ)


 思惑通りに冬夜を誘い出せたことにホッと胸を撫で下ろす言乃花。ことの始まりは数日前までさかのぼる………



 冬夜たちが退室し、静寂に包まれた学園長室。ソファーから立ち上がると窓際に立ち、霧に覆われた森を眺めている学園長。十数分が経過したころ、扉を叩く音ともに訪問を知らせる声が聞こえた。


「遅くなりました、言乃花です」

「待っていたよ、入りたまえ」


 重厚な扉がゆっくり開くと眼鏡を掛けた黒髪ショートボブの小柄な女子生徒が入ってきた。少し前まで冬夜たちがいたことなど知る由もなく……


「ずいぶんと急な呼び出しですが? ……どういったご用件でしょうか、学園長」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。を頼みたくてね。ソファーに座ってゆっくり話そうか」


 学園長に促され、部屋の中央に置かれたソファーに座る言乃花。わざと聞こえるように大きなため息をつくと静かに話し出す。


「……また何か企んでいますよね? 個別に呼び出される時は碌なことがないと記憶しておりますが?」

「いやだなー、もう少し僕のことを信頼してほしいな。今回お願いしたいことはである君にしかできないことだからね」


 迷宮図書館の管理は、本が大好きな言乃花にとっては学園に入学してからずっと夢見ていた仕事だった。任されると言われたときの条件は「好きなだけ図書館内の本を読んでいてもかまわない」という棚からぼた餅のような話。この時は喜びのあまり大事なことを失念していた、学園長が絡んでいるという事実を……

 数日後、担当の女性職員から鍵の受け渡し時に言われた一言で現実に引き戻された。


「これで引継ぎは全てですよ。学園長も言乃花さんに任せるとは……確信犯ね。無茶振りが来ることもあるから、

(しまった、やられたわ……)


 呆然と立ち尽くす言乃花に苦笑いをしながら優しく肩に手を添える職員。

 その後、リーゼが学園長に振り回された余波が来ることを除けば平穏な日々であったため、引継ぎの時に言われたことをすっかり忘れていた。そして、新年度や入学式の準備など慌ただしく動いていた時を狙いすましたように呼び出されたのだ。


「それで、良いのでしょうか?」

「話が早くて助かるよ。以前話した例の新入生『天ヶ瀬 冬夜くん』が学園に到着した。今はリーゼちゃんに学園内の案内をお願いしているよ」

「はぁ、リーゼに任せたのですね。その言い方ですと、ただ案内させているだけではないですよね?」

「さすが言乃花くんだね、話が早い。彼が迷宮図書館に興味を示すように仕向けたから、近いうちに君の前に現れるはずだ。そうしたらのサポートをお願いしたい」


 ごく一部の関係者にしか明かされていない冬夜の情報を世間話のようにあっさり話す学園長に対し、言葉が出ない言乃花。


(まったく……とんでもない事を考えているに違いないわ。油断も隙もない……)


 ため息をつきながら言いかけた言葉を飲み込むと自らに言い聞かせる。そして、能面のように感情を押し殺した表情で心の中では呆れながら学園長に聞き返す。


「それで私は具体的に何をすればよいのですか?」

「すごく簡単なことだよ。彼と接触したら『箱庭』に関する資料がある本棚の近くまで、んだ。保管してある場所が場所だから、何か起こるかもしれないよね。だから、これを渡しておくよ」


 学園長はポケットから手のひらにスッポリ収まるサイズの木箱を取り出すと、テーブルの中央に静かに置く。


「これは? 中身はいったいなんでしょうか?」

「中身は時がくればわかるから気にしなくていいよ。君が持っていてくれればいい……もし使……」

使? どういうことですか?」

「いや、何でもない、ただの独り言だよ。本当なら一緒に彼を連れていきたいところなんだけど、僕も多忙だからね」


 上手くはぐらかされたが明らかに様子がおかしい学園長。


(やはり|あそこ《迷宮図書館》には何かがある。そして、間違いなく学園長は何かを知っている……)


 上目遣いで鋭い視線を送る言乃花に対し、ニコニコと何事もなかったかのように笑顔で返す学園長。諦めたように目を閉じると、言乃花はまっすぐ学園長に向き直り、宣言するように話す。


「わかりました。彼が来たら仰せの通りに動きます」

「うん、よろしくね。頼めないことだから」


 問い詰めたい気持ちを押し殺し、スッとソファーから立ち上がる。その場で一礼すると無言で扉を開け学園長室を後にする言乃花。


(相変わらず喰えない人ね。何を考えているのか全く見えてこない……私でも|あの場所《迷宮図書館》は半分も把握できているかわからないのに。いったい何が起こるというのかしら……)



 先日の一件を思い返しながら、ポケットに忍ばせた木箱を握る。

 全ては学園長の手のひらの上なのか、それとも別の思惑が渦巻いているのか。

 仕掛けられた罠へ既に飛び込んでいたことを二人はまだ知るよしもなかった……

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