冬夜が特別寮で生活を始めて数日が経過したある日の午後、校舎内の廊下を歩く二つの人影が……
右側の頬についた手の跡が熱を帯び、涙目になっている冬夜。そして、数歩先には肩を震わせながら真っ赤な顔で歩くリーゼの姿。
「いってぇ、本気で叩かなくても……」
「何を言ってるの? これで
二人に何があったのか? 事の発端は数十分前におきた出来事だった。
(約束の時間はとっくに過ぎているし……まさか、魔力枯渇の後遺症が?)
襲撃を受けてから数日は至って元気に過ごしていた冬夜だが、時間差で後遺症がでた可能性もある。心配になったリーゼが食堂と同じフロアにある冬夜の部屋に急いで向かう。
「冬夜くん? 冬夜くんってば!」
リーゼがドアを叩き、大声で呼びかけるが反応はない。ドアノブに手をかけると鍵がかかっておらずあっさり扉が開く。
「冬夜くん、大丈夫……って何よ!」
慌てて部屋に入ったリーゼの目に飛び込んできたのはベッドで幸せそうに
(人を待たせておいて……ダメよ、ちゃんと起こしてから冷静に話をしないと)
こんこんと湧き上がる怒りを理性で抑え込み、冬夜を起こすためにベッドへ近づいた時、事件は起こった。
「ほら、ちゃんと起きなさい!」
「う……ん……あと少しだけ頼む……いい匂いがする」
寝ぼけた冬夜がリーゼに抱き着いた。
「……キャー! ちょっと、どこ触っているのよ!」
何が起こったのかわからず反応がほんの一瞬遅れ、すぐに我に返ったリーゼが悲鳴を上げた。フルスイングの平手打ちが冬夜の左頬に炸裂し、鈍い音とともにベッドの反対側まで吹き飛ばされた。
「いってぇ。何が起こったんだ……よ」
「気分はいかがかしら? 冬夜くん? よく寝ていたみたいだけど、何かお忘れではない?」
起き上がった冬夜の視界に入ったのは
「だから悪かったって。十分に反省したし、説教もされたからもう少し大目に見てくれても……」
「何か言いましたか? まだ自分が何をしたか
ギギギッと音が聞こえるようにゆっくりと首を動かし、後ろを振り返るリーゼ。顔はすごくいい笑顔をしているが、目が全く笑っていない。さらに背後に浮かび上がる鬼のようなオーラが見え、冬夜は素早く見事な土下座を披露した。
「イエ、スベテワタシガマチガッテオリマシタ、タイヘンモウシワケゴザイマセン」
ぎこちない動きで床に頭をこすりつける冬夜。
「ぷっ、何その変な動きは」
あまりの不自然さに思わず吹き出して笑うリーゼ。雑談をしながら校舎を抜け、学園の中庭を歩いていると目的地である
「名前からもっと禍々しい建物を想像していたんだが、どこが迷宮と言われるような図書館なんだ? どう見ても向かいの大食堂のほうが大きいぞ」
図書館は学園の正門から見てすぐ右手に建っていた。街の教会に似た外観をしており迷宮と呼ばれる建物とは程遠い。
「
冬夜はリーゼの言っていることが全く理解できない。斜め向かいにある大食堂よりもずっと小さいこの建物が迷宮図書館と言われても全然イメージできない。
「さあ、中に入るわよ」
リーゼが入口の扉に手をかけようとした時、緊急を告げる校内放送が流れる。
「リーゼ・アズリズルさん、至急生徒会室までお戻りください」
「何? 急な呼び出し? ごめん、冬夜くんは先に中で待っていてくれない? 読書スペースに管理してる生徒会役員の子がいると思うけど……これだけは約束して!
「おい、リーゼ! ちょっと待てよ!」
慌てて冬夜がリーゼを呼び止めようとしたが、生徒会室に向かい走りだしたリーゼに届かなかった。
(いっちゃったか……仕方ないし、中に入って待たせてもらうか。生徒会役員ってどんな人だろ?)
入り口の扉を開け、図書館に足を踏み入れた瞬間にリーゼが言ったことを理解した。目に飛び込んできたのはあまりにも
(なんだ、これは……いったいどんな構造なんだよ)
恐る恐るリーゼが言っていた読書スペースへ向かうと、机の上に高く積みあがった本を黙々と読みふけるショートボブの黒髪に眼鏡をかけた小柄な少女がいた。
招かれざる来訪者が迷宮図書館に侵入していることに気付いたものは誰もいなかった。
冬夜たちに襲いかかる危機がすぐそばまで迫っているとも知らず……