「ふふふ。面白いですね、人間という生き物は……おや？　そんなところに立っていて良いのですか？」

　歪んだ笑みを浮かべたフェイが頭上に右手を上げると周囲に立ち込めていた霧が渦巻くように消えて雲一つない青空が現れる。

「えっ……」

「何を驚かれているのでしょうか？」

　上空を見あげた冬夜の目に飛び込んできたのはありえない光景だった。電流を纏い、激しく音を立てる黄金色をした無数の矢が埋め尽くしていた。　

「さ・あ・、・私・を・楽・し・ま・せ・て・く・だ・さ・い・よ・……虫けらのごとく這いつくばり、逃げ惑いなさい！」

　呆然と立ち尽くす冬夜に向かい言葉を放つと勢いよく右手を振り下ろすと、無数の矢がうなりを上げて冬夜へ向かって襲いかかる。

（や、やばい……早く逃げないと！）

　鼓膜が破れそうなほどの爆発音が響くと周辺の木々は折れ、なぎ倒されていく。地面と衝撃でえぐり取られたようなクレーターがいくつも開き、土煙が立ち込め視界を奪っていく。必死に逃げまどう冬夜が右足を踏み出した時だった。

「ッツ！」

　黄金色の矢が目の前に現れたのだ。考えるよりも早く咄嗟に体をひねらせたが間に合わなかった。左肩に鈍い痛みが走り、一メートルほど後方にある木に叩きつけられる。

「がはっ！！」

　肺の空気が絞り出されるような感覚に陥り、朦朧とする意識の中で激痛の走る左肩を見ると深々と矢が突き刺さっていた。そして、全身の力が抜け落ち、地面へ崩れ落ちていく最中だった。　

『私を助けて……冬夜くん……』

（……あの子の声なのか？）

　薄れゆく意識の中で少・女・の・声・が・頭・の・中・に・響・い・た・。するとロ・ザ・リ・オ・の・中・心・あ・る・宝・石・が・心臓の鼓動と連動するように輝き始める。赤黒い閃光が徐々に強さを増すと冬夜の身体から黒い魔力が溢れ始める。

「ククク……人間はなんと儚い生き物なのでしょう。もう少し楽しめるかと思いましたが……全く創造主ワイズマン様の考えることは理解できません」

　左手を額に当て、目を閉じると小さくため息を吐くフェイ。そして、全てを終わらせようと右手を前で突き出し、妖力を集約させようとした時だった。

「さあ、終わりに……なんだ？　こ・の・魔・力・は・？」

　先ほどまで感じたことがない魔力に驚き、慌てて周囲を見渡すフェイ。

「何が起こった……な、なんで立っているんだ！」

　フェイの目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。地面に倒れていたはずの冬夜が全身に黒いオーラを纏って立っていた。体からあふれ出した魔力は結界を張るように周囲を包み込み始めている。

「深淵の闇よ、我が敵を刻む刃となれ……闇の刃シャドウエッジ」

　俯いていた冬夜が小さく呟くと取り囲むように黒い短刀のような刃が出現する。右手をゆっくり上げると一斉にフェイへ向かって襲いかかる。

「こ、この魔力は……ま、まさか！？」

　フェイの記憶に刻み込まれたトラウマが甦る。以前、ま・と・も・に・魔・法・を・使・え・な・い・人・間・を相手に興味本位で弄んだ結果、致命的なミスを犯し、消滅寸前まで追い詰められた。『妖精』という圧倒的高位な存在であるという慢心、人間ごときに負けるはずがないという傲りが招いたことだった。今回も創造主から「天・ヶ・瀬・|　《・》冬・夜・に・は・気・を・付・け・ろ・」という忠告を受けていたにもかかわらず……

「この程度で私を倒せるなんて思わない……」

「絶望に染まれ、永劫不滅の鉄槌レディッシュヘル」

　冬夜が小さく呟くと空中で魔力が集結し、直径二メートルほどの球体が出現する。上げていた右手を振り下ろすとフェイに向かい勢いよく迫っていく。

「く、くそ……こんな魔法ごとき吹き飛ばしてやる！」

　フェイが両手をあげ、妖力を集結させて撃墜しようした。しかし、迫りくる闇の魔力を止めることはできず、そのまま地面へ叩きつけられると周囲に爆発音が響くと地面に大きな穴が開いた。。

「お、おのれ……人間風情が！」

　立ち込める土煙のなかフェイの怒号が森の中に響いた。

　森の中でひときわ大きな木の頂上に立ち、二人の様子を見ていた人物がいた。

「あらら……面白いことになってきたね」

　誰にも聞こえない声で呟くと霧に紛れるように姿が消す。

　怒りに任せ、妖力を暴走させるフェイ、思わぬ形で魔力が覚醒してしまった冬夜。

　はたしてこの状況を切り抜ける策はあるのだろうか？

　様々な思惑が交錯する中、運命の時に向けて事態は静かに動き始めた。