(私は……何をしていたんだっけ? あれ? 誰か『メイ』って呼んだ? とても大切なことを忘れている気が……ダメ、わからない……何も思い出せない……)
膝まで伸びた紫色の髪をツインテールにして、真っ黒なワンピースを身にまとった少女。深い闇に包まれた空間の中、力なく膝を抱えて座り込んでいた。
彼女の身に
九年前に起きた事件の日から、時が止まっているようなこの空間で……
「大丈夫? また悪い夢を見たの? かなりうなされていたから……」
駆け寄ってきたのは、
メイの腰くらいの大きさで、ピンクの水玉模様の服を着ている。茶色の耳が心配そうに左耳に付けたピンクのリボンとともに揺れる。
「うん、いつものことだから……大丈夫だよ」
ソフィーの頭をなでながら立ち上がると少女は真っ暗な空間を仰ぐように顔をあげる。
うさぎの人形であるソフィーがなぜ命ある者のように動き、話せるのか?
その秘密はメイの持つ特殊な能力が関係していた。
一族のうわさは瞬く間に広がり、権力者たちが利用しようと血眼になって探し求めていた。
「長老、また集落が襲われ連れていかれたようです……」
山間のひっそりとした集落。その中心にあるひときわ大きな建物に、若い男性が駆け込んできた。長老と呼ばれた白髪の老いた男性は、悲痛な表情で報告を受ける。
「またか……そのような報告を何度も聞かねばならぬとは……」
幾度となく繰り返される悲劇の連続。一族の中には、甘い言葉と誘惑に負け利用される者、家族と引き離される形で誘拐・連行される者もでていた。いずれもさんざん利用されたのち、悲惨な最期を迎えた……
「ご決断を! もはや安全とは言えません」
「一族を絶やしてはならぬ。まして
長老は若者へ指示を出すと立ち上がる。自分たちの力を悪しきことに利用されること、呪われし力を世に出すことを危惧した一族はひっそりと
いつしか時は流れ、存在すら伝説と囁かれるようになった『夢幻の力』を有する一族。その中でもほんの一部の者にしか継承されない特別な能力を持つ存在──『夢幻の巫女』─その末裔がメイである。
──九年前、数々の偶然が引き起こしたあの事件が起こらなければ話して動くソフィーは存在しなかった。
ソフィーはメイが物心ついたころからそばにいたお気に入りの人形だ。共に過ごすうち、うさぎの人形であるはずのソフィーにいつしか心が生まれ、片時も離れたくないと願うようになっていた。
メイの『夢幻の巫女』による力、ソフィー自身の『メイをそばで守り抜く』という強い願いが奇跡を生んだのではないだろうか。ソフィーの心には、事件が起きた日のことが今も強く刻まれている──
(偶然とはいえあの事件がなければ、私は人形のままだった……でも、メイは……)
「大丈夫だよ、ソフィー、いつもありがとう」
思い詰めたように考え事をするソフィーの心を読んだようにほほ笑むと優しく声をかけるメイ。
(大丈夫。いつか記憶を取り戻して、また一緒に笑顔で過ごせる日が来るはず……きっと)
ソフィーはずっと願っている。
遠くない未来、メイをここから連れ出してくれる人が必ず現れると信じて……