バレンタイン当日。
遅めに起きてゆっくりとした午前を過ごす。
「ねえ歩くん」
「なんですか?」
「あのね、ご飯を作ろうと思うんだけど」
「あ、じゃあ一緒に作りましょ――」
いつもなら嬉しい言葉だけど、今日はそれをすかさず遮る。
「違うの。今日ってバレンタインでしょ? だから歩くんのために美味しいご飯を作りたいな〜って」
「あ〜、なるほど」
「だからゆっくりしてて?」
「分かりました。いいですよ。あっ、それなら少しだけ出て来てもいいです?」
「ん? いいよ。……ごめんね、一緒に過ごそうって言ってくれたのに」
「いえ、すぐに帰ってきますから」
そう言って歩くんはコートを羽織ると出て行った。
「じゃ、今のうちに作っちゃお!」
冷蔵庫から野菜を出し、それぞれ下ごしらえをしていく。
メニューはグラタン、ハートのハンバーグ、サラダ、そしてハートに型抜きした野菜のコンソメスープ。もちろんデザートは昨日作って冷やしてあるチーズケーキだ。
手際良く、を目指しながら調理し、そろそろ出来上がりそうだという頃、玄関のインターホンが鳴る。
「帰ってきたかな? はーい!」
玄関の鍵を開けると案の定、歩くんだった。
「おかえりー」
「あ……、ただいま?」
「ん? どうかした?」
「いや、……その、おかえりって言われるの良いなって思って……」
「そうだね、へへ、おかえりなさい」
「ただいま。良い匂いがする」
「ご飯もうすぐ出来るよ! もうちょっと待ってね」
おかえりなさいからのやり取りがなんだか新婚さんみたいでくすぐったい。歩くんも同じ気持ちだったら嬉しいなと思いながらハートの形のハンバーグをお皿に盛り付ける。
良い歳して恥ずかしいけど、いいよね?
愛を込めてます、とは言えないけど喜んでくれたら嬉しいな、と思いながらテーブルに配膳すると、それを見た歩くんが笑う。
「嫌だった?」
「いえ、ただ勿体なくて食べれないなぁ〜って。彩葉の想いの形を崩したくないじゃないですか」
そんな事言われたら今度はこっちが恥ずかしい。
「大丈夫だよ、スープにもいっぱい入ってるんだから」
ハート型の人参やじゃがいもがたくさんコンソメスープに浮かんでいる。
ワインを出すと私の手から歩くんがぬき取り、栓を抜いてグラスに注いでくれる。
「どうぞ、彩葉」
「ありがとう。それじゃあ乾杯」
「乾杯」
優しく微笑む歩くんがワインに口をつけると今度はハートのハンバーグを一口食べる。
「美味しいです」
「良かった! おかわりもあるからいっぱい食べてね」
「じゃあグラタンもらおうかな」
「熱いから気をつけてね」
「子どもじゃないんだから大丈夫ですよ」
二人で他愛ないことを話しながら笑いあい、ゆっくりと箸を進めた。