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第85話

 仕事終わり家に帰る前に本屋に寄る。


 目当てはバレンタインレシピ。入口から中に入るとよく目に付く一角にバレンタインコーナーが出来ている。


『はじめてのバレンタイン』

『はじめてのチョコレート』

『彼にあげたいチョコの作り方』

『美味しいチョコを作りましょ』

『バレンタインチョコレシピ』

『これで完璧バレンタイン』

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「いっぱいありすぎる〜〜〜」


 辟易するくらいたくさんのレシピ本で溢れたコーナーの端にあった一冊に目が止まる。


『チョコだけじゃないバレンタイン』


 手に取るとスイーツではなくごはん系のレシピだった。


 なるほど。別にチョコにこだわる事はないよね?


 レシピは、

 ハートのオムライス

 ハートのハンバーグ

 ビーフシチュー

 グラタン

 キッシュ

 チキンステーキ

 ローストビーフ


 あとは、サラダやスープ系がぱらぱらと載っている。


 これいいかも、と思う胸の中がほんのり温かくなっていく。――歩くんを想いながら選ぶのって楽しい!


「これ買おうかな」


 バレンタインだけでなく、お祝いの日に使えるレシピが満載だ。


 そうして私はスイーツレシピは無視して会計し本屋の外へ出た。ひょうと風が首筋から服の中へ吹き込んでいき咄嗟に肩をすくめる。


 こんな寒い日は『キッチンみやび』の白湯生姜ぱいたんしょうがスープが飲みたくなる。春雨入りでお腹も満たしてくれて身体もポカポカになる魔法のスープ。


「あれ家で作れないかな? 今度雅くんに聞いてみよ。っていうかレシピ本買わなくても雅くんにレシピ教えてもらえばよかった?」


 いやいやでも……。

 クリスマスも雅くん頼りだったわけで、今度は自力でご馳走を作りたい気もする。


――そうだ彩葉! 今回雅くんに頼るのはなし!!



 そう決意しながら私は家に帰った。




 今日は仕事が忙しくて定時はとっくに過ぎている。

 早く帰って、ご飯作りの練習しようと思ったんだけどな……。とくにグラタンのホワイトソース作り。あれがどうしてもダマになるんだよねぇ。


 ちらりと斜め前の席を伺うと歩くんもまだ帰ってない。


「ん? どうしました?」


 私の視線に気付いた歩くんが小さく囁く。


「いや」

「帰ります? じゃあ僕も終わらせようかな。久しぶりに一緒に帰りましょう」

「え、いや、えっと」

「まだ終わりません?」

「いえ、終わります」

「ふっ、じゃあ着替えて来てください。外で待ってますね」

「うん」


 一緒に帰ると言っても駅まで。でもそれさえご無沙汰だったことに気付く。


 ロッカールームで着替え、会社の外に出ると扉の近くに歩くんが立っている。


「お疲れ」

「お疲れ様です」

「寒いね」

「マフラーしないんですか?」

「そうそう、なんか汚れてて洗濯したら毛玉出来て、そのまま放置してる。あはは、ダメだね」

「ダメですね。じゃあ新しいの買わないんです?」

「そうだね、いいのが見つかれば買おうかな」

「それじゃあ今度一緒に買い物行きましょう」

「うん」

「あ、そうだ。友梨から彩葉宛てにチョコが届いてましたよ」

「えっ、友梨さんわざわざ送ってくれたの?」

「ついでじゃないですか?」

「ついで、って……その言い方失礼だよ」

「でも友梨、親父に渡すために一時帰国するとか言ってきて、送ればいいだろって言ったら『じゃあ歩のとこに送るからちゃんとお父さんに渡してね』とか言うんですよ」

「それ、歩くんがちゃんと実家に帰らないからでしょ?」

「え? やっぱりそうなんですかね?」

「ほんとに帰ってないの?」

「まあ。じゃあ週末にちょっとだけ顔出して来ようかな」

「そうしなよ。それがいいよ。あっ、でも日曜は私に時間ちょうだい?」

「14日? もちろんですよ。それなら……、土曜の午前中に実家に行ってくるんで、昼から、……いや昼メシ食べて帰れって言われるかな? そしたら昼過ぎか夕方頃、彩葉の家に行っていいですか?」

「うん、いいよ」

「そしたら14日は24時間独り占め出来ますね」

「もう、歩くんってば……」


 恥ずかしいけど、嬉しい。14日はずっと一緒にいられるんだ。


「あ、そうだ。結城さんから義理チョコもら――」

「誰からももらったらダメ? 嫉妬してくれるんですか?」

「ちっ!? 違っ!!」

「ははっ」

「違うよ……。手作りチョコもらっても捨てちゃダメだよ? とりあえずウチに持って来て。ね?」

「結城さんは……まあ、異物を混入するような人じゃないと分かりましたし、とりあえず捨てませんけど……」

「けど?」

「彩葉にあげるのはな〜、どうしようかな〜。彩葉、結城さんの手作りお菓子に目がないみたいだし、なんかそれはそれで妬きますよね」

「なんで? え? なんで? 私も結城さんも女だよ?」

「はあ、これだから困る」

「え? だから何で困るの?」

「分からないなら分からないでいいです。ほら」


 そう言って手を取られ指の隙間をなくすように繋がれる。


「歩くんの手あったかいね」

「彩葉の手は冷たいな」

「冬は嫌になるよ、すぐに手足がかじかむし」

「じゃあいつでもカイロになりますよ? もちろん彩葉専用のね?」

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、えいっ」


 繋がれた手の上に反対の手を乗せると冷えた指先に歩くんの手のぬくもりが伝わってくる。


「あったかいです?」

「うん、すっごくあったかい! ふふ、ありがとう」


 これ以上は歩くんの手の熱を奪いそうでそっと離したけど、心はポカポカしている。そのまま温かい心で駅に着いた。


「じゃあまた明日」

「はい、また明日」


 そっと触れる唇にドキドキしながら私たちは手を振り合って別れたのだった。




(つづく)



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