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第84話

 バレンタイン一週間前の日曜。


 観たい映画のDVDがあるから一緒に見ましょうよ、という歩くんのお家に招かれてお家デートを楽しむ。


 映画は主人公の女の子が好きな男の子にアプローチするけど、なかなか上手くはいかず、一難あり、二難あり、三難あってやっと結ばれるという王道の恋愛ストーリー。


 だけど、やっぱり感動するのは抑えれなくてエンドロールが終わっても涙はまだ止まらない。


「ほんと彩葉は泣き上戸ですよね、ほらティッシュもうびちゃびちゃですよ。どうぞ」


 歩くんはボックスティッシュから2枚引き抜き私の目元を拭ってくれる。


「あでぃがっ、と」


 泣きしゃっくりに邪魔されながら言ったお礼は歩くんに笑われてしまうけど。


「ふはっ。……あ、目冷やした方がいいですよね? タオル濡らしてきますね。それとも氷の方がいいですか?」

「タオルで」

「はい」


 にこり、と笑う歩くんの顔に胸がキュンと高鳴る。可愛いし、優しいし、格好いいし……ああ好きっ!


 そんな自分が恥ずかしくてびちょびちょなティッシュに顔を埋めていると、歩くんが戻ってくる。


「また泣いてるんですか」


 それに首を振って、ゆっくり顔をあげると濡れたタオルで顔上半分を覆われた。


「ちょっ」

「自分でタオル持ってくださいよ。それとも僕がずっと当てておきましょうかお姫さま?」

「いっ、いいよ、ありがとう。自分でやりますっ!」


 歩くんの手の横からタオルを押さえると、歩くんの手がタオルから離れていく。そして握っていたティッシュを「捨てますね」と抜き取られた。


「さ、コーヒーでも淹れましょう。ブラックでいいですか?」

「うん。……あ、冷蔵庫にっ」

「買って来てくれたケーキ? 出します?」

「うん。出す」


 時刻は16時前。


 涙が完全に止まる頃にはコーヒーのいい匂いが漂う。泣き疲れた私は香ばしい匂いに落ち着きソファに沈み込んだ。


「疲れました?」

「うん、ちょっと。いっぱい泣いたからかな」

「じゃあ甘いもの食べて元気出してくださいね」

「私が買ったケーキだけどね?」

「はいはい。彩葉?」

「なに?」

「これ、ケーキどっちが彩葉?」


 チーズケーキとフルーツタルトを買っていたので、どちらを食べたくて買ったのかと聞いているのだろう。


「どっちも食べたくて両方買ったんだよね。だから歩くんが先に選んでいいよ!」

「え、ほんとに?」

「ほんとほんと」

「僕がどっち取っても恨みません?」

「恨まないよ〜」

「…………」


 悩んでるのかな?

 それともどっちか好きなケーキだった?

 いや、逆か? どっちも嫌いパターン!?


「歩くんっ!?」

「あの」


 二人の声が被る。


「えっ、なになに?」

「あの、……僕、……チーズケーキいただいていいですか?」

「えっ? チーズケーキ? えっ? うんうん、どうぞどうぞ。えっ? 好きなの? チーズケーキ?」


 何かさっきから「えっ?」しか言ってないけど……、とりあえず落ち着け、自分。


「はい。子どもの時からチーズケーキが好きなんですよね」

「そうなんだ」


 初めて知った。でもそう言えば一緒にケーキを選ぶ時、チーズケーキを選ぶ割合が多いような気もする。


「そっか。チーズケーキ好きなんだ。あっ、ちなみにその次に好きなケーキは?」

「うーん、何かな? プリン?」

「プリン? プリンってケーキなの?」

「でもケーキ屋さんのショーケースに並んでますよ?」

「たしかに!!」


 そんな事を言いながらローテーブルにセットされたコーヒーとケーキを口に運ぶ。


 だけど、食べながらふと思ってしまった。


 バレンタイン、もしかしてチョコレートよりチーズケーキにした方が喜んでくれるのでは!?







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