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第82話

 その箱に入っていたものは、犬の首輪、……ではなく、


「え!? ネックレスだ。しかも綺麗なパール!」


 細いゴールドチェーンの先にパールが一粒あしらわれている。


「あ、やっぱり分かるもんなんだ。誕生石ですよね?」

「そうそう。そうだよ、6月の誕生石……。んーーー、嬉しい!!」


 犬の首輪だと覚悟したものがまさかの首輪ネックレスに、感極まってしまう。見上げた目の前の歩くんはにこりと笑っていた。


 歩くんが立ち上がり私の横に座ると、私の手の上にあるネックレスを取った。


「歩くん?」


 まさかのお預けかと思っていると、後ろ向いてください、と言われる。


「付けてもいいですか?」

「うん、お願いします……」


 ちょっと恥ずかしいけど、背中を向けて髪を左に流し軽く持ち上げる。

 ひやっとした感覚に肩が少し上がったのに歩くんは気付いただろうか。


「はい」

「ありがとう」


 ペンダントトップを見ようと視線を下ろすと、パールの下から歩くんの手が現れた。

 そのまま抱き締められる。


「似合ってますよ」

「ふふ、ありがとう歩くん」

「彩葉はすぐ色んな人に笑顔を振りまくから僕はいつも気が気じゃないんです。だから僕のものだって印を付けておかないとね」


 少しだけイタズラっぽい声が耳の横を掠める。


「でも仏頂面で仕事出来ないよ?」

「あ、いいですね。一度仏頂面で仕事してみましょうよ」

「ええ、絶対イヤだな〜。営業部の空気おかしくなるんじゃない?」

「そうですね、それはそれで川辺主任とか『どうした?』って聞いてきそう」

「川辺ならあり得るね」


 歩くんの腕の力が強まる。


「なに?」

「ん、男の名前、聞きたくない」

「でも歩くんが先に川辺って言ったんだよ」

「僕はいいんです。でも彩葉はダメ」

「ふふ、はいはい」


 腕の中が心地よくて、可愛い束縛も嬉しくて、私は後ろに体重を預ける。すると歩くんも私の首筋に頭をのせてきた。



 ああ、まだケーキ出してないのにな……。

 でももうダメだ。

 歩くんが欲しい。



 ケーキより、歩くんが欲しい。


「歩くん」


 少し顔を動かせば唇は歩くんの頬に当たる。


「ふふ」

「彩葉」

「ん」


 歩くんの唇が私のものに重なる。ついばむような触れ合いは徐々に濃度を増していく。


 甘い、甘い、ケーキよりも

 甘い、甘い、クッキーよりも




 夜はまだ、始まったばかり。





〈おわり〉

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