「お風呂入ります?」
「うん、入りたい。腰を落ち着けたら動きたくなくなりそうだしね〜」
鞄を開け、お風呂の支度をする彩葉を眺めながら僕も下着と浴衣の用意をする。
「じゃあ行こっか?」
「どこに行くんですか?」
荷物を持って部屋の扉へ向かう彩葉を見て僕は訝しげに眉をひそめてみた。その行動に、まさか、と思い至る。
「彩葉、大浴場に行こうとしてます?」
「え……、そうだよ。だってお風呂行くでしょ?」
意味が分からない、と首を傾げる彩葉の腕を取って引っ張った。
「何言ってるんですか、ほんとに……」
それから扉とは反対方向に彩葉を連れて行く。
すう、とそこにある障子戸を開けば、そこには……
「はっ! 露天風呂!?」
「入るんですよね?
「は、入る、けど、……その、……あの……」
はっきりと言葉の出ない彩葉は、もじもじしてほんのり頬を赤らめている。
「一緒に入ってくれますよね?」
「一緒に?」
「はい一緒に。……嫌ですか?」
嫌がるのを、無理強いだけはしたくない。だけど、出来るなら一緒に入りたいってもんだ。
「い……」
けれど、彩葉の口から、い、と溢れその先が続かない。いやだ、と拒否の言葉を想像して落ち込みそうになる。
「いいよ」
「はい。嫌なら無理に……、え? いいんですか?」
驚きのまま僕が一歩彩葉に寄ると僕たちの間には隙間がほとんどなかった。
見下ろす彩葉の顔に照れたような笑顔が浮かぶ。
「でも、でも、私が先に入るから、いいよ、って言うまで待ってね!」
「分かりました」
彩葉のそんな顔を見て僕も嬉しくなる。
「だから、ちょっとあっちで待っててね。絶対覗かないでよ?」
「はい! 分かりました、彩葉が呼ぶまで待ってますね。でもあんまり遅いと入っちゃいますから早めにお願いします」
僕の言葉に耳まで赤くしながら彩葉は障子の向こうに消えた。
彩葉からの、いいよ、という声はそんなすぐには掛からなかったけど、僕はちゃんとその声を待って障子戸を開けた。
なんだかドキドキするのは、小学生の遠足前の気分に似ているからだろうか。
「彩葉? 入りますね」
僕の呼び掛けに小さく可愛らしい声で、うん、と返ってきた。
背中を向けて湯船に浸かる彩葉の後ろで掛湯をする。
視界に入る彩葉の白いうなじが上気していて、早く吸い付きたいと思った。あの背中を力強く抱き締めて首筋に鼻を埋めたい。
彩葉の後ろに歩み寄り、ちゃぽんと片足を湯船に漬けると彩葉の肩が震える。
「彩葉」
「ん……」
後ろから抱き締めると腕の中にすっぽりと収まる。
「お風呂気持ちいいですね」
「うん、気持ちいい」
「彩葉、今日は楽しかったですか?」
「楽しかったよ。歩くんは?」
「僕はこれからです。今晩は覚悟してくださいね」
「なっ!」
「好き、彩葉、大好き」
好き、その言葉に彩葉が胸をときめかせているなんて知らないまま、そのまま首筋に鼻を寄せる。唇で撫であげると彩葉がくすぐったそうに身を捩るので、追い掛けて可憐な唇をついばむ。
どちらのものか分からない甘やかな声が湯船に落ち、お互いの息が重なり湯気とともに上っていった。
〈おまけ 終〉