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14.甘えてはいけません

デスクから見える窓の外は茜色に染まりつつある。定時より前に今日の業務が終わったので、資料の整理をして分厚いファイルに綴じ、棚に収めていた。


「よいっしょ」


分厚いファイルを一つずつ戻していくのだが、高い所にある棚に上手く手が届かない。


棚の近くには歩くんがいるのだが、パソコンに向かって集中していたので、手伝って欲しいと声を掛けるのは憚られ、仕方なく脚立を持って来ようとした。


だが、川辺がこちらに来たので、ちょうど良かった、と声を掛ける。


「川辺お願い、このファイルを一番上の棚に戻して欲しいんだけど頼んでいい?」

「いい、って言うか、戻して欲しいんだろ、チビ」

「むっ、……そうです。戻してください、お願いしますー」

「へいへい、よいっと」


背が高く、そして手も長い川辺はひょいと分厚いファイルを棚に戻してくれる。


「これだけ?」

「あと、これも!」


そう言って渡したファイルを軽々と収めてくれた川辺に改めて、ありがとう、と言うと、お安い御用、と言ってデスクに戻っていった。


その背中を見送って私も自席に戻る、と歩くんがこちらをじいっと見ていた。



歩くんは不機嫌そうに何かをぼそりと呟いたが、私の耳にまで届かなかった。


「松岡くん?」

「いえ」


不機嫌な顔はそのままに視線は外されパソコンの方に戻っている。


――えっと、私なにかした?


思い当たる事がない。何に対して機嫌が悪いのだろうか?


きっと今問い質してもはぐらかされるのだろう。


そのままモヤモヤとしたまま定時になり、私は会社を出た。


出た所で歩くんにメッセージを送る。


『近くのカフェで待ってます。終わったら連絡ください』


すぐに既読は付くものの返信はなかった。


私はいったい何をして彼を怒らせたのだろう。


分からないままカフェに入り、アイスコーヒーを注文する。


ゆっくりと飲み終わる頃にやっと返信が来た。


『仕事終わりました。そちらに行きます。』


それを見て返信が来た事にほっとしたのだが、同時に文面からまだ怒っているのが伝わって来て私の胸はザワザワと嫌な音を立てていた。



てっきりカフェで話しでもするのかと思っていたのに、私の前に来た途端、歩くんは私の手を引っ張った。


「ちょっと……」

「どっちにします」

「どっちって、何が?」


長い足でずんずん進むから、私の短い足は忙しなく動かさなければ追い付かない。


「って言うか待って、ストップ! 早いから、ゆっくり歩いて!」

「あ……」


ようやく気付いたのか、私の息が乱れている事に歩くんはバツの悪い顔をした。


「すみません」

「いや、こっちもごめん。私、何かしたんだよね? だから、その……」

「僕が怒ってるんじゃないかって?」

「うん。怒らせちゃったんだよね?」

「…………」


怒ってはいないのか、歩くんは少しだけそれについて考えている。


「怒っては、いるのかな。……っていうか、それより情けなくて自分に腹が立ってます」

「どうして?」

「だって、彩葉は僕を頼ってくれないから。僕は頼りになりませんか?」

「そんなことないよ。すっごく頼りになってる」

「じゃあどうして、いつも川辺主任なんですか?」

「え、待って、なんでここで川辺が出てくるの?」


それには答えず、歩くんは溜め息を吐く。


「とりあえず家に帰りませんか? どっちの家にします?」

「じゃあ私の家にする?」

「いいですよ、行きましょう」


二人で電車に乗り、家に着くまでさっきの続きの会話は出来なかった。






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