ほとんどのお皿が綺麗になり、二人でごちそうさま、と手を合わせた。
「美味しかった。……それに、一緒に料理するの楽しかったですね」
「うん! でもその内、私が一人で作ったものを食べてもらえるように頑張るね?」
「はい。そうですね、彩葉の作る料理なら大丈夫だと思うので楽しみです」
もう少し料理の腕を上げて、いつかきっと……、と決意を胸に宿す。
「じゃあ片付けするね」
「手伝います」
「いいよ、座ってて!」
「でも……、じゃあ僕はコーヒー淹れますね」
「うん、ありがとう」
空いたお皿を流しに持って行き、私は洗い物をして、歩くんは電気ケトルでお湯を沸かしてくれる。
さっきは料理でそれどころじゃなかったけど、改めてこの状況を俯瞰してみると少し気恥ずかしい。恋人と肩を並べてキッチンに立ち、時折当たる腕と腕が少し熱くてくすぐったい。
些細な日常にある幸せの瞬間を感じて、胸がキュンと高鳴り、甘えたくなる衝動を理性が押さえ、お皿に残る泡と一緒に水道の水で勢いよく流した。
そんな心を落ち着かせるように隣からコーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「彩葉は砂糖とミルク入れますか?」
「あー、どうしよう」
いつもはミルクを少し入れるくらいで飲むのだけど、今は少しだけ甘さが欲しかった。
「どっちも入れてもらえる?」
「いいですよ」
2つあるマグカップにコーヒーが丁寧に注がれ、1つには砂糖とミルク、もう1つには何も入れられない、黒と肌色のコーヒーが出来た。
それをローテーブルに運ぶ歩くんの後ろを着いてコーヒーの前に座る。
ほんとはもう少し近くに座りたかったけど、あまりに近過ぎるのもどうかと思って二人の間には一人分空いている。
そんな微妙な空間を埋めるように歩くんがぎゅっと寄って来る。
触れるか触れないかの腕にドキドキしながらマグカップを持ち、左手を添える。ひと口飲んだ所で見計らったように歩くんは私の肩に腕を回してきた。
「あ、ゆむくん?」
「ん? 何?」
「えっと、ちょっと飲み辛いかな、って……」
「うん」
うん、じゃないんだけど、と思いながらも触れられている所から熱くなり、この後を想像してしまいそうになる。
そんな事を思ってるなんて悟られないよう、誤魔化すように再度コーヒーを飲むがもう味は分からなかった。ただ砂糖の甘みだけが舌の上に残り、その甘さが胸にゆっくり溶けていく。
マグカップをローテーブルに置いた歩くんは私の手からマグカップを抜き取り、カタッと音を立ててそれもローテーブルに置く。
マグカップに向いていた二人の視線が、ゆっくりとお互いを捉えると、歩くんの熱い眼差しの中に、求めるような顔をした自分を見た。
「彩葉」
そのまま歩くんの唇に捕らえられる。
ぱくりと食むようで、慈しむように優しく触れる唇に私はあっという間に酔いしれていた。
「歩くん」
息継ぎの合間に名前を呼ぶ毎に抱き締める力が強くなっていき、もっと強くと求めるように私の腕もその逞しい背を強く掴んだ。
*
頭を撫でる心地よい大きな手に擦り寄りたいのを我慢して、微睡みから目を開けた。
「起こしちゃいました?」
「ううん、おはよ」
掠れた声で言うと、おはよう、の代わりに額に軽くキスされた。
「ふふ」
抱き締めて、なんていい年して恥ずかしくて言えない私の気持ちを汲み取ってくれたかのように歩くんはその腕の中に私を包み込んでくれる。
何も纏っていない肌と肌が触れ合う。
――幸せ
「ねえ、彩葉?」
「ん?」
歩くんの胸に頬を寄せ、幸せの余韻に浸る。
「あの温泉に二人で行きませんか?」
「んー、……ん? えっ、ほんとに? 行くっ!」
顔を上げるとすぐそこに歩くんの顔がある。
彼は優しげに私を見ていた。
「行きましょう。今度は誰にも邪魔されず二人きりで」
そんな言葉に嬉しくもあり、くすぐったくもあり、私は照れを隠すように歩くんの胸に顔を埋め、うん、と頷いた。
彩葉、と愛しい声で呼ばれながら頭のてっぺんに落ちてくる口付けに、もっと、と求めるように顔を上げれば私の唇にそれが降ってくる。
何度も何度も飽きることなく私たちはお互いの唇を重ね合った。