駄目だな、こんな事で……、と自分に呆れる。
上手くやろうとし過ぎて、全てが空回り。
歩くんに喜んでもらいたいと思って始めた料理だけど、それだって私の自己満足に過ぎない。
それなのに、内緒になんてして、歩くんに不要な誤解を与えている。
カツン、とヒールが夜闇に響く。
前にも後ろにも人がいない静かな住宅街。
ふと、寂しくなった。
会いたい。
どうしようもなく歩くんに会いたい。
そうだ。明日、歩くんの家に行こう。そして全てきちんと話そう。
早く明日にならないかな、と見上げた先にはまあるい月がぽかんと浮かんでいた。
*
彼氏の家のキッチンに立つというのは、何ともこそばゆい。
「それで、何を作るつもりなんです?」
歩くんと二人でキッチンに並んで立つと、まずは何から取り掛かろうかとしばし考え、作り慣れている煮物から行こうと思った。
「まずは大根と厚揚げの煮物でしょ。それからジャガイモはポテトサラダにして、鶏肉はチキンソテーかな? あとはパスタをペペロンチーノにするかカルボナーラにするか、って所なんだけど、……そんな感じのメニューでいい?」
そう言って隣にいる歩くんを見上げると、目を丸くしていた。
「一度にそんなに作るんですか? あ、だからこんなに食材があるのか……」
「減らす? そうだよね、まずは
「嫌とかじゃ、……ないですよ。嬉しいです。ちょっとビックリしただけなんで、気にしないで全部作りましょう!」
「いいの?」
「もちろんです」
それじゃあ始めようか、と私たちは二人で腕をぶつけ合い、笑い合いながら料理に励んだ。
出来上がったばかりの、湯気がほわりとのぼるあつあつの料理をお皿に盛り付け、ローテーブルに並べ終えると、歩くんの向かいに座る。
料理を前に緊張する私は固唾を飲んで歩くんのひと口目を見守っていた。
「彩葉?」
「うん、大丈夫、毒は入れてないよ……」
「知ってますよ。一緒に作ったんだから」
「でも、こっそり入れてるとか、あるかもしれないし……」
「入れたんですか?」
「入れてないよ!」
「じゃあ心配ないじゃないですか。それに彩葉が僕のために作ってくれた料理ならちゃんと食べれると思います」
そう言って歩くんは茶色に染まった大根を箸でつまむと口元へ運ぶ。その姿を瞬きもせず私はじっと見つめていた。
口の前で箸が一度止まる。
「やめとく?」
「いえ、大丈夫です」
おそる、おそる、と大根が口に入っていく。
薄い唇が閉じられ、頬がゆっくりと動くと、喉が大きく上下した。
「どう? 食べれそう?」
「はい。美味しいです」
にこりと微笑む歩くんを見て、私はほっと安堵する。
「良かった〜」
徐々に嬉しさの実感が込み上げてきた私は気付くと目に涙が溢れていた。
「え!? 彩葉?」
「ごめん、こんなに嬉しいものだと思わなくて……。ホントは受け付けられないんじゃないかと思ってた。身体が拒否して、吐かれてもおかしくない、って思ってたから……、ちょっと、ホントに、嬉しい……」
ほろりと落ちた涙を見た歩くんは立ち上がると私の側に座りぎゅうと抱き締めてくれる。
「嬉しいのは僕の方です。外食でもなく、家族の料理でもないのに、ちゃんと食べれた。彩葉を受け入れる事が出来て僕の方が本当に嬉しいです。こんな面倒くさい僕に付き合ってくれてありがとうございます」
「ううん、ありがとう。私こそ、ありがとう。食べてくれて、ありがとう」
腕の力を緩める歩くんをゆっくり見上げると、頬に落ちる涙を親指で拭われた。
ふっ、と笑った歩くんの微笑みが歪んだ視界越しに近付いてくる。と、唇がちょんと重なった。
「あぁ、でも、……やっぱりこっちの方が美味しいや」
そう言って、唇を舐める歩くんを見て、私は顔を熱くさせながらその顔を隠すように歩くんの胸に抱き着く。
「彩葉?」
背中を撫でる大きな手に、顔だけじゃなく身体まで熱くなるのを感じた。