ローテーブルに置いたコーヒーカップを挟んで僕たちは向き合って座っていた。
「ごめんね。……あのね、私ね、色々考えたの」
彩葉のその言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
その先を聞きたいと思う気持ちの一方で、聞きたくないような気もしていた。頭の片隅で『別れ話』という言葉がちらついている。
彩葉の唇を注視して、こぼれる言葉に耳を傾ける。
「一緒に克服しよ?」
「は?」
飛んで来た言葉が斜め上過ぎて頓狂な声が出た。
「何て言いました? もう一度」
「一緒に、克服しようと、思ったんですけど、……やっぱり無理かな?」
「何を、一緒に?」
克服という単語から、まさか、ここに来て『手作りクッキー』かと青ざめながら身構える。
「ごはん」
「…………、ごはん?」
慌てて作った心の防御壁は、別の単語が飛んで来た事で敢え無く霧散した。
「まずは、ごはんを二人で一緒に作ってみようかと思うんだよね。それで大丈夫だったら、私一人で歩くんのために料理してみたいの」
「はあ」
なんだそんな事か、と深く安堵する。
その提案は考えてもみなかった事だが、二人で一緒に料理するならお互いの手元も確認しあえるし、それに何より楽しそうだと思った。
「なるほど、いいですよ」
「ほんと!? 良かった〜。私ね、そのためにね少しだけ料理を習って来たんだよ!」
それを聞いて僕は、まさか、と目を見開いた。
「もしかしてそれって、あのオレンジ頭に?」
「うん。……そうなの。内緒にしててごめんね。びっくりさせようと思ってたんだけどね、川辺に怒られちゃった。恋人同士で秘密なんて抱えるな、ってね」
「川辺主任が?」
「うん、そうなの。私たちの事、心配してくれてたよ。ごめんね、私自分の事しか見えてなかった。美味しい料理作ってびっくりさせてあげよう、って思ってたから歩くんには内緒にしてたんだけど、ちゃんと話せば良かったよね、ごめんね」
「いえ、僕も同じです。自分の事しか考えてなくて、なのに自分が思ってる事も感じてる事も彩葉にちゃんと伝えなかったから」
僕と彩葉の視線がゆっくり交わると、僕たちは照れたように笑い合った。