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第13話

翌日の月曜、二人とも昨日のことなんてまるでなかったように冷静に振る舞い、特段何もなく一日が終わる。


家に帰り付き、鞄からスマホを出すとメッセージの通知が入っていた。


『松岡です。お疲れ様です。

 姉が今週の土曜夕方ではどうかと言ってますが、ご都合いかがでしょうか?』


絵文字もない丁寧なメッセージに、大丈夫です、と送る。するとすぐに返信が来た。


『ありがとうございます。では18時にK駅へ来てください。僕が迎えに行きます』


それに対して今度は【了解しましたー】と敬礼しているウサギのスタンプを送った。


またすぐにポコンと通知音がする。見ると、正座して畏まるクマが【お願いします】と頭を下げている。だけど実際の松岡くんは私に対して頭なんてさげてないでしょ、とおかしくなって笑いがもれる。


冷蔵庫から缶ビールを取り出して、しばらくそのスタンプを肴に飲むことにした。




土曜。

待ち合わせ10分前。改札を出ると、いつものスーツ姿ではなく、ラフな普段着の松岡くんが待っていた。


長い足を持て余すように、壁に寄りかかる松岡くんをチラチラと見ながら通り過ぎていく女の子が多くて、私はどう声を掛けたものかと一瞬悩む。


お待たせ、なんて言ったら恋人同士みたいだし、

よう、なんて言いながら片手でもあげようかと本気で考えていると、当の松岡くんと目が合った。


「お疲れ様です」

「あ、あっ、おつ、……かれ?」

「なんで、そんな挙動不審なんですか?」

「えっ、えっと、その、……あっ、松岡くんの私服が新鮮で……」

「見惚れました?」

「ちがっ、……そんな訳ないじゃん」


残念、と言いながらクククと笑う松岡くんは少し楽しそうに見える。


「行きましょうか」

「うん」

「月見里さん、その紙袋持ちますよ、貸してください」

「え、いいよ」

「手土産わざわざ用意してくださったんですよね、持つくらいしますから」


そう言って松岡くんは私の手から紙袋を攫っていく。その時指と指がほんの少し触れて、私はドキっとしたけど、顔には出さないように必死に隠す。


「マカロンなんだけど、お姉さん好きかな?」

「友梨は甘いものなら何でも食べますよ」

「そっか、良かった。苦手な人もいるしさ、和菓子にしようか悩んだんだけどね……」

「聞いてくれたら良かったのに」


悩むくらいなら連絡しろ、とでも言いたげな目線を向けて、それから何がおかしいのかクスクスと笑っていた。


「何がおかしいの?」

「だって僕彼氏なのに、頼ってもらえてないな〜と思ったら、何かおかしくて。月見里さんて甘えるの下手ですね?」

「はぁ〜!? って言うか彼氏でも彼女でもないし、付き合ってないでしょ!?」

「へ〜、そんな事言ってたら今から友梨と湊くんに疑われますよ。ちゃんと彼女役全うしてくださいね! そうだ、『松岡くん』なんて他人行儀に呼んだらダメですからね!」

「待って、……え、それって松岡くんも私を『月見里さん』って呼んだらダメなんじゃないの?」


すると、途端に松岡くんの目の色が変わる。


「!!!」


絶対楽しんでる……。


「ほら、今度はの番だよ。僕の名前、呼んでみて。……ねえ僕の名前知ってる?」


いつもより少し低めに囁く声がゆっくり近付いて耳朶を掠めた。


おちょくってる事が分かるのに、胸はドキドキしている。とんとご無沙汰だったからだと自分自身に言い訳して年上らしく、先輩らしく、冷静を装うと、松岡くんを見上げてしっかり目を合わせた。



お返しをするように、自分でも驚くくらい妖艶な声が出ていた。

しっかり目を合わせていたから見逃さなかった。

松岡くんの目が驚きに見開いたこと。それからほんのり耳が色付いて、私は少しだけ勝ち誇ったような気分になる。


悪くない、と思った。振り回されてばかりじゃないんだからね、と胸を張る。


「さ、行こっか。






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