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第6話

翌週の月曜。


「今日から川辺主任の持つ取引先を少しずつ結城さんに渡していくね」


そろそろ引き継いでもいいかと判断した私は結城さんにそれを伝える。


「あの、それって、川辺主任じゃなくて松岡さんの取引先じゃいけないんですか?」


得意の上目遣いでこちらを見られれば、思わずいいよ、と言ってしまいそうになる。

いやいやダメダメ、と自分を叱咤して、結城さんにもそれは出来ないと伝える。


「もう課長たちとも話して決定している事だし、川辺の持つ取引先の依頼や注文は安定してるから、結城さんにはそっちを担当してもらいたいんだよね。松岡くんの所って、気分屋の人とかいて、ちょっと難しくて、ややこしい時もあってさ……」


決して結城さんの能力が低いという訳ではない事をわかって欲しくて、その後もなんだかんだと言い訳のように説明し、ようやく納得してくれた結城さんは、「分かりました」と言ってくれたのだが、しかし口元はツンと尖っていた。


心のなかでは納得してないのね――そう苦笑しながら手の止まっている結城さんを見ると、結城さんの視線は松岡くんに向かっていた。



その日は松岡くんが外回りもなく、私と結城さんの仕事も早く終わり、定時には帰れそうだと言う日だった。


パソコンから顔を上げた松岡くんに結城さんが声を掛ける。


「あの、松岡さん?」

「なんですか?」


二人の間を遮るものはパソコンのみ。


「仕事終わったら何か予定とかあります?」


結城さんが得意の上目遣いで松岡くんへアプローチするのを私はいたたまれない気持ちで聞いていた。

いや、私は悪くないよね。こんな所で堂々と結城さんが松岡くんを誘ってるんだから……。


「いや、何もないけど」

「ホントですか! それなら少しだけ付き合ってもらいたいんですけど、いいですか?」

「え、……えっと」


松岡くん困ってるな、と一瞬だけ松岡くんを見ると、ばっちり目が合って私は慌ててそらした。


いやいや、私関係ないし……。

それに助け舟なんて出せないし……。


微妙な沈黙が降りている私たちの側に外回りから戻ってきた川辺が空気も読まずに入って来る。


「え、どうしたの? あれ、どうしたの?」


それに私はたしなめるように「川辺っ!」と呼ぶのだが、それにかぶさって松岡くんも「川辺主任っ」と川辺に助けを求めていた。



「お疲れ様」

「乾杯〜」


四人のグラスが響き合う。


あの後、川辺は、


『なに? よく分かんないけど、メシでも行く?』


と言い出した。

内心、行かないだろうね、と思っていたのに、賛同したのは結城さんだった。


『行きたいです! 皆さんと一緒にご飯食べたいなって思ってたんです!』


笑顔で小首を傾げる姿はとても可愛いのだが、可愛いと思っているのはどうやら私だけのようで、川辺は腹減ったー、と小さく叫んでいて、その横で松岡くんはどこかほっとした顔をしていたのだった。



ビールを半分ほど飲み干して、改めてメンツを確認すると、なかなか面白い取り合わせだな、と感じる。


私と川辺は同期だけど、そこから五つ六つ下の若い二人と一緒に飲む事になるなんて思いもしなかった。


「あの、皆さんの誕生日って何月ですか?」

「俺はね、九月〜」


結城さんからの質問に、川辺が答え、続いて私も、六月、と答える。


「結城さんは?」

「私は十二月なんです〜。松岡さんは何月ですか?」

「あぁ、……僕は五月です」

「え? 来月じゃないですか! 何日ですか?」


ぐいぐい質問する結城さんに松岡くんはたじろぎながらも、三十一日、と小さく答えるとビールを傾ける。


「結城さんは仕事慣れた?」

「はい! 慣れました。それに皆さん優しくて毎日楽しいです」


それは良かった良かった、と私と川辺が笑顔になる。


「結城さん、休日は何してんの?」

「私お菓子作りが好きで、クッキーとかケーキ焼いたりしてます」

「へぇ〜女の子って感じだね。月見里とは正反対だな」

「悪かったわね」


川辺を睨むと、「怒るなよ、事実を指摘したくらいで」と睨み返される。そんな雰囲気をかえるように、結城さんが笑顔で明るく、あの、と言う。


「あ、皆さんビールのお替わり頼みますか?」

「うん、ありがとう」


にこにこと笑顔で、気も利く良い子。


可愛い結城さんと、若くて優秀な松岡くんはお似合いだけどな、と何も考えずにふわふわと酔った頭でそう思った。





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