(雑踏の音)
(澄んだ金属のリーンとなる音)
あ、ちょっとちょっとあんた。
たいそうお疲れそうじゃないか。
あーあー。足引きずっちゃってるし、猫背だし、
うわ、近くで見たら顔色も悪いね。
ちょっとこっちおいでよ。
あ、俺はあやしいものじゃないよ。
あー、露骨にあやしいものを見る目してんなぁ。
俺は、妄想癒術師のマタイ。
疲れの気配があるところに行って、
街角で辻癒しどころをしているのさ。
ほら、辻占いってあるだろ。
筮竹なんか出したりするあれ。
あれの癒しどころってわけだよ。
あー、さらにあやしいものを見る目になったなぁ。
まぁなぁ。そこそこあやしいってことは少し自覚してる。
けど、癒しに関しては真面目だよ。
そこの角を入ったとこで辻癒しどころを開いてるよ。
よかったら、その疲れを癒してったらどうかな。
お代は要らないよ。
妄想癒術師にはお金は要らないんだよ。
このままだと、明日まできっと疲れが残っちゃうよ。
そうなる前に癒さないとな。
うーん。胡散臭いまなざしではあるけれど、
とりあえずやってみようと思ってくれたんだな。
オッケー。それじゃ、そこの路地を入ってくれ。
辻癒しどころはすぐだよ。
(足音)
まずは、この机を挟んで、
そっちに座ってくれよ。
俺はこっちに座って、と。
机はあんまりゆらさないでくれよ。
この明かりは一応ろうそく入ってるからさ。
さて、妄想癒術師マタイの辻癒しどころへようこそ。
ここはあんたの知らない謎技術を使って、
なんだか癒されてしまうという妄想と現実の狭間の癒しさ。
だから、妄想癒術というわけだよ。
あんたの妄想力が高ければ高いほど、
妄想癒術は効果を発揮する。
俺の癒術は妄想と現実の狭間のもの。
狭間であるがゆえに、現実には考えられない癒しも可能ってわけさ。
あんたがフィクションと思っている存在があると思うんだけど、
あんたにとってのフィクションは、
角をひとつ曲がった先にあるかもしれないし、
扉一枚開いた先にあるかもしれない。
そのくらいフィクションは近いところにあるのさ。
遠い物語だけじゃないってことさ。
現に、あんたはこうして、俺の前に居る。
ここは現実と妄想の間の場所。
そんな辻癒しどころってわけさ。
あー。こわがんなくていいって。
俺は、あんたを癒したいだけだって。
現実世界から連れ去るとか、なんかひどい目に合わせるとか、
そんなことは全然ないから、それだけは信じてくれよ。
なんか、事態を飲み込むよりも疲れてきた顔してんなぁ。
現実離れしてるんで認識が追い付いてないのかな。
そっか、悪かった。
とにかく、疲れたあんたを癒したいってことだよ。
今日もお疲れさま。
たくさんがんばって疲れたよな。
じゃ、妄想癒術を始めるぜ。
(何かが卓上に置かれる音)
これはテープレコーダー。
中には、空のカセットテープが入ってる。
このテープレコーダーのここを押して、と。
(ガチャン)
今から、あんたの疲れを記録するモードになった。
疲れはカセットテープに巻き取られて、
あんたの身体から離れていく。
また、あんたの心を蝕むストレスも巻き取ってくから、
愚痴でも何でも話してくれよ。
あんたの心身の疲れやストレス、コリや痛みなんかを、
このカセットテープが巻き取ってくよ。
それじゃ、巻き取りやすいように妄想癒術をしようかね。
(何かが卓上に置かれる音)
これは疲れはがしの煙が出る香になる。
小さな香に、こっちのろうそくから火をつけて、と。
卵型の香炉に置いて、あんたの身体にまとわせよう。
語りたいことが出てきたら、どんどん話してくれよ。
ここは現実と妄想の狭間。
聞いているのは俺とカセットテープだけ。
あんたは話すだけ話して、忘れればいいのさ。
(香炉が頭の周りをふわりと回る気配)
ああ、疲れも剥がれてきてるな。
俺には見えるんだ。
あんたにはちょっと見えないかもしれないけどな。
そのまま、ストレスのもとを語っていていいぜ。
誰にも話せなかったこと、いっぱいあんだろ。
俺は、剥がれてきた疲れを、つまんでカセットテープに巻き取らせていくぜ。
痛いことはないから安心しててくれよな。
それじゃ、このあたりからつまんでいくか。
(頭の近くで何かがつままれるかすかな音)
(ツーッ……と、何かが引き抜かれていく音)
(トントンと何かの上に置かれる音)
(テープレコーダーに少し異音がして、また、元に戻る)
(また、つまんで引き抜かれる音)
(テープレコーダーに異音)
(頭に、肩に、耳に、何度か繰り返される)
疲れはだいぶ巻き取られたな。
ストレスのもとの愚痴は大体語り終えたかな。
語った端から忘れてってるだろ。
それが、巻き取られたってことなのさ。
過去に起きたことは取り返しがつかないし、
未来に起きていないことを不安に思っても仕方ない。
人の心は思うようにならないし、
なんでも意のままってことはない。
まぁ、あんたがあんた自身を大事にして、今を生きるってことが大事だな。
(ガチャン)
それじゃ、今回の妄想癒術はこんなもんかな。
あんたの疲れやストレスは、ちゃんとカセットテープが巻き取ったよ。
最後に、疲れやストレスがつきにくくなるように、
まじないの鈴を鳴らしておくぜ。
(シャンシャンシャン……シャンシャンシャン……)
それじゃ、今回は辻癒しどころに来てくれてありがとうな。
ここは妄想と現実の狭間。
あんたが疲れていたら、どこかの街角で、あんたを癒しに現れる。
お代は要らないよ。
ただ、あんたのストレスや疲れを巻き取ることができればそれでいいんだ。
また、疲れたときに会えるさ。
その時は、別の妄想癒術を使ってみようかな。
妄想癒術で疲れとストレスは取ったけど、
あんたもしっかり休むんだよ。
元気になったあんたは無敵だからな。
あんたが幸せなのが一番ってことさ。
俺もここから応援しているぜ。
じゃあ、また疲れたら会いに行くぜ。
俺は妄想癒術師のマタイ。
あんたの疲れがあるところ、どこにでも現れるさ。
お帰りはあっち。
あっちが現実世界さ。
またどこかで会える。
またな。
(足音)
(澄んだ金属のリーンとなる音)
(雑踏の音)