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新米兵士たち

 屋根も壁も崩れた廃墟に巣食う人食い狼の群れ。

 瓦礫を壁に身を隠し、状況を確認する兵士たち。

 その中で歯を小刻みにガチガチ鳴らすワイアット。


「結構いるっすよ、副隊長」


 クマのようなガタイのアーサーが呟く。 

 筋肉質で背が高いイーサンは、ライフル銃を上に向ける。


「音に驚いて逃げるんじゃね」


 引き金に指をかける寸前、副隊長ウィリアムが肩を掴んだ。


「なんです、副隊長」

「……散るんだ」


 ぼそぼそ声に、イーサンは訝し気な顔を浮かべる。


「お前達」


 隊長ライアンの厳しい口調が聞こえ、姿勢を正す。


「人食い狼の群れはざっと30匹に及ぶ。今までの任務のなかで一番数が多い。応援を要請したが却下された。なのにアルフィーは調査員に駆り出されて、遅れて合流。駆除で仲間が死ぬより、総帥の親族護衛が重要なんだと、全く……クソったれな話だ」


 一瞬にして空気が張り詰めた。


「ワイアット、撃てるか?」

「……」


 呼ばれても、ライフル銃をただ抱えて、全身が硬直状態。


「これは無理か……赤ずきん、君は、まぁ慣れているだろうが、十分気を付けてくれ」

「了解です。狼さん、後ろにいてね」

『あぁ』


 フードを深くかぶる赤ずきんはボルトアクションライフルを構える。

 体長160センチの老狼は、左目の琥珀を細め後ろに下がった。


「いつも言っているが、奴らは人食いだ。容赦なく皮膚を引き裂き、中を喰らう。絶対に傲慢になるな、常に距離を取り、狙い撃て。ワイアット、お前はなるべく俺の側にいろ、だが負傷者が出たらすぐ治療に行けるよう頼む」


 優しく声をかけられたが、青ざめた表情のまま頷いた。

 ライアンは息を軽く吐き、軽く肩を叩く。


「よし、配置につけ」


 10メートル範囲内にある瓦礫に、身を隠す。

 ウィリアムがレバーを倒し、鼓膜を刺激する爆裂音を広範囲に響き渡らせた。

 驚いた数匹は、森に向かって逃げ出していく。

 ライアンは眉間に皺を寄せて、小さく首を横に振る。


「撃てぇぇ!!」


 一斉に発砲。

 射撃精度にばらつきがあるせいか、致命傷にならず、猛進が止まらない。


「や、やべ、全然当たらねぇよ!」

「とにかく撃て、撃たねぇと当たらないだろ!」


 イーサンとアーサーは排莢動作がうまくいかず、ボルトハンドルを力いっぱい引っ張ってしまう。

 イーサンの腕力によってハンドルが割れた。

 アーサーの馬鹿力によって引き金が割れた。


「あぁっ!」


 青ざめていく。

 迫りくる人食い狼の獲物を喰らおうとする形相に、初めて恐怖を覚え、腰を抜かす。

 背後から爆裂音が響いた。

 素早いボルトハンドルさばき、構えにブレはなく、人食い狼の心臓部、首、頭を撃ち抜いた。

 腰ベルトから小銃用実包を取り出し、迷いなく5発装填。

 再びリズムよく5発分の爆裂音を響かせた。

 ライアンは指示を出しながら、人食い狼に銃弾を撃ち込む。

 手慣れた排莢と装填を繰り返し、次々と狙い撃つ。


「ワイアット! 撃て! 応戦してくれ!!」


 どれだけ叫んでも、ワイアットは指先を震わしてライフル銃を持つだけで精一杯。


「……嫌だ、俺……くわ、食われ」


 行列のように迫る人食い狼に弾が追いつかない。


「あぁあああぁっ!」


 ウィリアムの叫び声、人食い狼の鋭い牙が銃ごと腕を噛み潰す。


「ウィリアム!! あぁぐ」


 ライアンも右肩を噛まれてしまう。

 人食い狼を突き飛ばし、リボルバーで心臓に撃ち込んだ。

 ワイアットは悲鳴を上げて、腰を抜かしたまま動けない。

 その背後に毛が触れる。

 人食い狼が涎を垂らして、大きな口を開けた。


「うあぁああ!!」


 瞼を強く閉ざしたワイアット。同時に爆裂音が2回響き渡った。

 ワイアットの横に倒れ、心臓部を真っ赤に染めて絶命。

 ウィリアムを噛んでいた狼も頭を吹き飛ばされていた。


「え……」


 ボルトアクションライフルの銃弾が空になり、背中に戻す。


「優しい新米兵士さん、使わないならお借りしますね」


 返事を待たず、弾薬が入った鞄と、ライフル銃を拾う赤ずきん。

 レバーを倒して、近寄る人食い狼達を再び撃ち抜く。

 冷静に、怯えることなく人食い狼を撃ち殺していく姿に、ワイアットは眉を下げた。

 首を強く横に振って、覚悟を決めたように立ち上がる。

 ウィリアムがいる遮蔽物へと駆け寄り、肩に担ぐ。


「すみません、遅れました! ワイアット、これで応急処置を」


 遅れて街道から駆け寄ってきたアルフィーが合流し、治療に当たる。


「すみません……ライアン隊長、ウィリアム副隊長」


 ライアンの右肩にガーゼで保護をしてテープを貼り、謝罪する。


「いや……大丈夫だ。喰われていない、死にかけたが、全員生きてる。彼女のおかげだが、副隊長を助けたのはワイアット、お前だ。胸を張れ」

「は、はい」






「さぁさぁ人食い狼さん。逃げるなら今のうちだよ」


 反抗する術なく、人食い狼達は逃げるチャンスを与えられる。

 甲高い鳴き声を上げながら森へと逃げていった。

 赤ずきんは目を細めて、ふぅ、と肩を落とす。

 振り返れば視界に広がる人食い狼達の死骸。

 なるべく綺麗な形で息絶えている姿を眺める。

 老狼はゆっくり足元へ。


「……疲れた、嫌になるね」

『……』


 閉じた右目にリップ音をつけて口づけをした……――。





「赤ずきん、これが許可証だ。必ず携帯してくれ、それからワイアット、報酬を」

「はい」


 許可証と、紙幣の束、銃弾、食料、医療品を受け取った。


「ありがとうございます、ライアンさん、新米兵士さん」

「あ、あーえと、俺……ワイアット」

「そうでしたね、失礼しました」

「あ、あの、俺、親を内戦で亡くして、友達は人食い狼に喰われた。これ以上悲しむ人を増やしたくないから入隊したんだ……だから、やめない」


 真面目な表情で見つめるワイアット。


「尚更、撃てないといけませんね」

「う、うん。頑張る、今度会える時には撃てるように、する」

『ほら、もういいだろ、行くぞ』


 さっさと行きたがる狼は吠えた。

 はいはい、と歩き出す赤ずきんに、


「ま、待って! 名前、なんていうの?」


 踏み込んだ質問だったのか、大きく吠える。


『なにふざけたこと言ってんだこのガキ!』

「うぁっ、だ、だって次いつ会えるか、分からないし、お守り代わりに知りたいだろ」

『はぁお守りぃ? 意味の分からんことを』


 ワイアットの耳に手を添えた。

 囁かれる声と吐息に、頬を染める。


「口の堅いワイアットさん、よろしくお願いしますね」


 残る温もりに手を当て、ワイアットは何度も頷く。

 誰もが彼女を赤ずきんと呼ぶ、本名を知る者はいない。

 ワイアットと相棒の狼を除いて……――。




 街道から外れた川沿いにワンポールテントを立て、折り畳みのイスとミニテーブルを置く。

 腰掛けた赤ずきんは灰皿を置き、そこへマッチで火をつけた葉巻を乗せた。漂う甘い香りに、思わずうっとりする。

 釣り竿を用意している狼は、


『あんな臆病者のことが気に入ったのか? 名前なんぞ簡単に教えて』


 不機嫌な口調で訊ねた。

 赤ずきんは鼻で笑い、照れることも冷たい態度も取ることなく目を細める。


「いやぁなんでかな、彼とまた会う気はないけど、多分、懐かしく感じたのかも」

『懐かしい?』

「私も最初はあんな感じだったからさ、初めて撃った日のこと、思い出しちゃうな……」


 穏やかに、呑気に語る思い出に、狼は黙り込んだ。

 赤ずきんは斜めかけカバンから取り出した血まみれの手紙を眺める。

 白い部分は僅か、赤い染みが手紙を覆うほど。

 辛うじて読める文に穏やかな瞳を浮かべ、黙読する。

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