「...上手く取り入ったみたいね」と、挨拶をする前にそんな嫌味なことを言ってくる。
「別に取り入ったつもりはない。アインちゃんとは読書仲間なだけだ」
「じゃあ、私とはどういう仲間になるつもりなの?どうせ、男なんてみんなそういうことしか考えてないんでしょ。ケダモノ。クズ」
奴隷小屋の実情はおおむね把握している。
彼女たちが見てきた地獄...。想像するだけで胸が痛む。
だから、安易で容易な優しい言葉なんて書けるつもりはない。
意味のない慰めの言葉より、無言の行動...それが大切なのだ。
「まぁ、その理論ならとっくにお前のことを襲っているはずだが?」
「...うっさい。どうせ油断させたところを狙うに決まってる。だっておかしいじゃない。高いお金を出して奴隷を妻として迎え入れて...何もしないなんて」
「俺はそういうおかしな貴族ってだけだ」
「...それで?じゃああんたは何しに来たのよ」
「だから、話に来ただけだっての。近況報告ってやつ」
「城の中で過ごすだけなのに報告することなんて何もないわ」
「はいはい、そうですか。困ってることは?」
「ここから出たい。それだけ」
「出てどうする。また奴隷商人どもに捕まるか、魔物に殺されるか...。その二択だけだ」
「...妹たちに会いたいの」
「妹?達?」
「...私には6つ下の妹と7つ下の妹がいるから」
へぇ、そんな裏設定があったのか。知らんかったぜ。
「売られたのはお前だけなのか?」
「...私は売られたんじゃない...売ったの。お父さんが事業で失敗して、破格の借金を背負っちゃって...。その責任を取って...死んでお金を作ろうとしてたから、私が奴隷商人に頼んで...私を売り物としてくれって...。もちろん家族には内緒でね。貴族の娘ってこともあったし、若いし可愛いし高値がついて...。そうしてあんたに買われた。...きっと今頃みんな仲良く過ごしているわ。両親にはもう...会わせる顔がないから...せめて妹たちだけでも会いたいの。ちゃんと最後の別れもできなかったから。そのためなら私の命くらい「ふーん。そっか。話は分かった。何とかしてみる」
「本気で言ってるの?...そこそこお金は持っているようだけど、とてもこんな僻地に城を構えているようなあんたにそんなことができるとは思えないんだけど。そもそも、あんたが言ったように外には魔物もいるのよ?都城から私たちをここに連れてくるのだってそれなりにお金を払って優秀なギルドに依頼したのでしょう?そんなの...いくらお金があっても足りるわけないじゃない...」
「まぁ、表向きはただの地方貴族だが、俺って実はそこそこすごいんだぜ。正確には俺だけじゃなくて、執事のセバちゃんも相当つよいんだぜ?だから安心して待ってろ。妹も...家族も全員救うから」
「...なんでそこまで」
「決まってんだろ?奥さんの誕生日に最高のプレゼントをしてあげたい。ただのどこにでもいる夫のちょっと粋なプレゼントってやつだよ」
「...期待せずに待ってるわ」と、小さくつぶやくのだった。
◇翌々日 自室
「セバちゃん、どうだ?」
執事のセバちゃんに頼んで色々調べてもらっていた。
「やはりというべきでしょうか...、彼女を売った後もかなり大変なご様子ですね。恐らく、リベル様は自分を売ったお金で借金を完済したと思っているのでしょうが...実際は既に所有していた城も売り払い貴族の称号もはく奪。それでもわずかに残った借金返済のため、城下町でひっそりと両親含め家族全員で働きなんとか暮らしているようですが、元貴族ということもあり、城下町での評判もあまりよいみたいで...大変な生活をしているようですね」
「そっか。んじゃ、家族全員を引き取ってきてくれ。もちろん借金も俺が肩代わりする」
「...ぼっちゃま、正気ですか?」
「正気も正気、本気も本気だ」
「...かしこまりました。それでは、その旨話をつけて参ります...。はぁ...。おぼっちゃま。正直、最近散財が多すぎます。特にあの3人は奴隷小屋の中でも人気の商品でした。資産を多くを使いました。莫大な財産も無限ではありませんこと、
「もし本当にお金がなくなった時は俺が何とかする。ギルドのSSSクエストでも受ければ10年は安泰だろうしな」
「...なぜそこまでするのですか?なぜあなたが命を張らないといけないのですか?」
「彼女たちだってここにくる前に命を捨てる覚悟できたはずだ。そして地獄を見てきたはずだ。それなのに俺だけ何も賭けないなんてアンフェアだろ」
「...私には理解できません」
「分かってくれなんて言わないから。ほら、知ってるだろ?俺は貴族内でも有名な変わり者の地方貴族なんだから」
そんな会話を偶然聞いていたリベルは小さく「馬鹿じゃないの」と呟くのだった。
◇数日後
無事に彼女たち家族を引き取り、リベルは感動の再会を果たしたのだった。
「...リベル」
「お父さん...お母さん...シュカ...リュカ...」
「お姉ちゃん!!」
「まったく...自分を売るなんて...!」
「だって...だって!!」と、家族全員が泣きながら抱きしめあっていた。
そんな様子を見ながら俺はセバちゃんに「プライスレスだろ?」と笑いかけるが、
「今回の費用は約1,000万ガリルです。プライスレスではありません」と、冷たく突き放される。
「...まぁな」
「しかし...そうですね。悪い気はしませんけどね」と、セバちゃんは密かに微笑むのだった。
そうして、俺が挨拶に行くと「ありがとうございます!ありがとうございます!」と、家族みんなが俺に頭を下げてくる。
「いや、別に気にしなくていいですよ。俺はただリベルに頼まれたことをしたまでです。大変な毎日だったと思います。これからは城内でゆっくりとお休みください」
「...あんたには本当に感謝してるわ」と、顔を背けながらリベルは呟く。
「いいっての。なんかあれば遠慮なく言ってこい」
そのまま、マハート家一家全員をウチに住まわせることになったのだが...。
◇数日後の夜
「...おぼっちゃま。しばらくは大丈夫ですが、やはり資金が「分かってる。だから、着替えてるんだろ?」
そうして、俺はスーツに腕を通す。
「...本当に行かれるのですか?おぼっちゃまの実力を疑うわけではありませんが...流石に危険では?」
「危険じゃないのに大金が手に入るわけないだろ。それに俺なら大丈夫だ。必ず戻ってくる。前以上に...戻ってきたい理由が出来たからな」
「...ご武運を」
そうして、城を出ようとしたところでリベルに声をかけられる。
「待ちなさいよ!」
「...どうした?」
「...どこに行くのよ」
「...ただの散歩だ」
「そんな畏まった格好で散歩に行くわけないでしょ。私のせい...なんでしょ?」
「話聞いてたのか...。まぁ、勘違いだ。元々俺には散財癖があったからな。そのツケが来ただけだ。それに俺は必ず戻ってくる。安心しろ」と、優しく頭をなでる。
「...絶対戻ってきなさい...。これが私からの命令よ」
「そっか...。それじゃあ絶対戻ってこないとな」
そう言い残して俺は変身の魔法を使ってギルドに向かうのだった。